「な…なんて事するんだ! 防具も着けてないのに喉を狙うなんて、危ないだろ!」
肩を押さえて痛みを堪え、荒く呼吸を繰り返すしか出来ない俺を背中に庇った大野先生が怒りに震えた声で神宮に食ってかかった。
「危ないも何も、真剣勝負で何を甘いこと言ってんすか。勝ちゃあいいんですよ、勝ちゃあ」
神宮は笑って先生の怒気を受け流し、呆れたようにため息をついて目を細めた。
確かにあれは危なかった。
まともに喉に食らっていたら風穴が開いていただろう。
なんとか避けたものの、突かれた肩は痺れているし、脇腹は痛むし切れた頬はヒリヒリしている、けれど、
「…神宮の言う通りだよ。先生は下がってて。まだ終わってない」
俺は動く方の手で先生の腕を掴み、自分の後ろへ来るように彼を引っ張ると、
「終わってないって二宮… 肩が… もうやめよ… もういいから」
言いながら彼は俺の手を掴み返した。ぐっと腕を引かれると電流のように反対の腕に痛みが走る。
「…平気だよコレくらい…」
口ではそう言っても表情が歪む。
「もう、いいって、これ以上は、」
そんな俺を見て、先生は言葉を詰まらせながら懇願する。
「いいって何だよ、いいワケないだろ」
思わず強い口調で言い返すと、
「だって俺のせいで… これ以上、二宮にケガさせたら…」
今にも泣きそうな顔で見つめられ、俺は息を吐き出し、表情を和らげた。
先生の目を見つめ返しながら俺の腕を掴んだままの彼の手を剥がし、それから落とした木刀を拾い上げ、
「…先生、泣いてたって何も始まらないよ。それが嫌で、男に生まれ変わったんだろ?」
子供に言い聞かせるように、顔を近づけて囁くと、
「にの…」
先生は目を見開き、口を引き結んだ。
「あーそうなんだ」
そんな俺たちのやり取りに割り込んで、神宮がわざとらしく頷き、
「俺はてっきり、もう二度と男に襲われないように先手を打ったつもりだったんだと思ってた。でもほら、俺にはそう言うの関係ないけどさ」
ケタケタと癪に触る声で笑ったあと、
「残念だったね、先生」
大野先生に同情するような表情を向けた。
「違… そんなんじゃ、」
反論しようとする先生に、
「先生はさ、慎太郎さんが何も知らずに死んだと思ってたんでしょ? そうじゃなきゃ どの面下げて会いに行けるんだって感じだもんね。でもそれも残念、慎太郎さんが死ぬ前に俺が教えてあげてるんだよ」
神宮が早口に捲し立てた。顔を近づけてくる神宮から先生を隠すように俺は間に立って剣を構える。
それに構わず神宮は続ける。
「だからさぁ、よく二宮先輩に近づけたなって。気づかれなきゃいいって思ってた? それとも男同士になったら許されると思った? 前世での裏切りが」
「うるさい、違う、裏切ってなんかない!」
先生が感情的に叫ぶと、
「心は裏切ってない、って言うヤツ? あははッ、でも身体は悦んでたよ?」
神宮はニヤけた顔を崩し、声を立てて笑った。
「勝負の最中にペラペラと うっせぇんだよ!」
笑い続ける神宮を一喝し、俺は深く息を吐いた。それから彼に向かって剣を向け、
「俺はもう昔のことなんざ、どうでもいいんだ。今から お前を完膚なきまでに ぶっ倒す、それだけだ」
静かな口調で宣言した。
「いいねぇ、ゾクゾクするねぇ。やれるもんならやってもらいやしょう」
神宮も笑いを引っ込め、俺に向かって真っ直ぐに構え直した。
⭐︎
再び始まる激しい打ち合い。
右腕は痺れたままで、剣がぶつかる度に激痛が走る。それを分かっている神宮が左側からの攻撃ばかり仕掛けて来る。
だからと言って卑怯だとは思わない。それどころか、お陰で単調な攻撃になって受ける事も返す事も容易い。
俺は右腕を捨て、左腕一本の構えに切り替えた。
不安そうな大野先生の視線を感じる。
でも大丈夫だよ。
先生は気付いてなかったかも知れないけど俺はもともと左利きで、場合によって右を使うのは矯正していたからに過ぎない。
左腕だけで応戦しても衝撃で痛みは響くが さっきよりはマシになった。俺は打ち込むスピードを上げ攻めに転じる。
もう神宮の手の内は完全に把握していた。
打つほどに神宮の顔に焦りが浮かぶ。息が上がり始める。
「…先輩、やっぱ剣道部入った方がいいっす、よッ」
防戦一方になった神宮が、それでも無理に余裕ぶって そう言った。無視して更に追い込むと、
「それとも、大好きな先生が見てるから、こんな力が出るんっすかね」
神宮は息を切らせながらもニヤリと笑った。
「…思い出すなぁ、お律さんの、アノ時の顔。先生もきっと、同じ顔、するんだろうな…ッ」
言葉と共に俺の一手を弾き、神宮は後ろに飛んで距離を置き、
「肌は女の時とは違うだろうけど」
ククッと笑ってから大きく息を吸って呼吸を整え、
「あ、慎太郎さんは お律さんの肌を知らないまま死んじゃいましたもんね。最高でしたよ、本当に」
下品に口の両端を引き上げた。
「…オマエさぁ、」
俺はこれ見よがしに呆れたため息をついた。
身体の力を抜いて目を細め、
「まさかとは思うけど、それで俺を動揺させようとしてんの?」
そう神宮に問いかけた。
彼は答えず、袖で額の汗を拭う。
俺はまた深くため息を漏らしてから、
「だとしたら、オマエ、もう詰んでるよ」
言い終わるのと同時に床を蹴り、神宮の間合いに飛び込んだ。
静か過ぎるほどの空間で相手の息遣い、自分の呼吸、相手の心音、自分の心音、それらがスローモーションになって耳の奥で響く。
見えている世界が神宮に向かって閉じて行く。
間合いに入った俺に神宮の闇雲な一刀が振り下ろされる。俺はそれを力いっぱい弾いた。その衝撃で神宮の木刀は彼の手を離れ空を舞う。
神宮がそれを見上げた一瞬に、俺は彼の胴へ剣を真横に振り抜いた。
つづく