春雷 45 | 背徳的✳︎感情論。
















正直なところを言えば、家の存続が自分の肩に掛かっていると実感し始めた頃から、剣術を極める事に夢中になれなくなっていた。その責務から逃げ出したいと思うこともあった。律だけ連れて、何にも縛られずに。


もし、あの時、本当に律を連れて逃げ出していたら

こんな事には ならなかったよな


ガツンと木刀同士がぶつかり合う鈍い音に俺は歯を食いしばった。さっきよりも重さが増している。

さらに連続でガツンガツンと打ち込まれるそれを受けて流すのが精一杯だ。その一刀一刀が重く、そして速い。


俺は早くも息が切れ始めているのを感じ、焦って強引に神宮の間合いに踏み込んだ。右側から斜め上に向かって木刀を振り抜くも あっけなく弾かれ、逆に俺の左脇腹に彼の剣がめり込んだ。

鈍い痛みに ぐふっと前屈みになった途端、次の攻撃が視界に入り、必死で身を捻って避けたけれど、その切っ先が俺の左目の下を掠めた。皮膚が裂け、出血したのが分かる。

「二宮ッ」

大野先生の悲鳴のような声。

でもそっちを向く余裕はない。


俺はありったけの力で後ろに飛んで神宮と距離をとり、構え直して必死に呼吸を整えた。


集中しろ集中しろ集中しろ


刃を当てられた場所が痛む。

耳の奥で自分の鼓動がバクバク聴こえて煩くて仕方ない。


集中しろ

集中するんだ


突っ込んで来た神宮と打ち合いを避け、俺は更に後ろに飛び、間合いを測りながら大きく息を吸い込んだ。


痛みと共に頭の奥に何か懐かしい感覚が走った。

俺はその感覚を掴み取るように、何度も深呼吸しながら、木刀を握る手を開いたり閉じたりした。


あの頃だって、誰かを守る為に強くなりたいとか、そんな大義は抱えていなかった。

単純に、本当に単純に、勝つことが好きだったんだ。

それは今やってるゲームと一緒。

戦略を練って勝ち筋を見つける。それが思った通りになった時が楽しい。

ゲームは勝たなければ意味がない。

勝たなければ先へ進めない。


思い出せ。

相手の呼吸、目の動き、足捌き、それらを読んで相手の先回りをする。

稽古を積むほどに、それは正確になり、向き合っただけで相手の力量が判るようになる。


そうだ集中するんだ

大丈夫… 

神宮はあの頃と同じで、てんで基礎がなってない。

大丈夫、思い出せ。


俺は動ける。


間合いに飛び込んで来た神宮の一撃を跳ね除け、そのまま一歩踏み込んで木刀を振り下ろす。

それを神宮がすんでで止めて弾く。弾いた側からさっきと同じ脇腹に向かって剣を振る。

それを俺がまた弾く。けれど神宮の打撃は俺より速く重い。その余波で手首が痺れ俺は即座に次の手に出られない。その間にも神宮は何度も打ち込んで来る。

距離を取っては間合いを詰め、間合いを詰めては距離を取る。


落ち着け集中だ


何度もそれを繰り返す内、段々と神宮の攻撃パターンが読めて来た。

そして徐々にその打撃の数について行けるようになる。体温が上がり、自分の身体が隅々まで自分の意思で動く。

その感覚は懐かしく、俺の気持ちを高揚させた。


俺は動ける

俺は勝てる


湧き上がる昂りに俺は口の端を吊り上げ神宮の間合いに飛び込んだ。


再びガツンガツンと激しい打ち合いになる。

でもさっきまでと違う。

太刀筋が読める。

判る。

神宮は明らかに動揺している。


その僅かな集中の乱れを突いて、俺は攻めに転じた。

右に左に剣を翻弄し、それまで澄ましていた神宮の顔が歪むと楽しくて自然と口角が上がる。


戦いの中に身を投じている緊張と高揚で、過去の遺恨も神宮への苛立ちも、大野先生の事さえ、俺の頭から消えて行く。


勝つ。ただその一念だけが俺を支配する。


俺の一刀を弾いた神宮がバランスを崩して脇が大きく開いた。俺はそこへ狙いを定めた。

その瞬間、神宮がぐっと息を飲んで大きく喉を鳴らし、真っ直ぐに俺の喉に向かって突きを繰り出した。


喉…!?


俺はとっさに左に身体をずらした。それによって喉を潰される事は免れたけれど、木刀の先がゴスッと鈍く、俺の右肩に めり込んだ。


「二宮!!」

俺の悲鳴より大声で大野先生が叫んだ。

肩が焼けるような痛みに包まれ、力が抜け、俺の手から木刀が離れて落ち、ガランと床で跳ねる音を響かせた。






















つづく






月魚