春雷 43 | 背徳的✳︎感情論。
































「やめろ、それ以上喋るな!」

そう叫んだのは大野先生だった。

絞り出すような悲痛なその声を、

「そうだよね、知られたくないよね、先生」

神宮は笑って煽る。

その言葉と表情に、今まで感じたことのない、明確な殺意が俺の胸に湧き上がる。


「二宮先輩、知ってた? 今日の文化祭でさ、先生がやってるお化け屋敷に先輩、女の子と来たじゃん? 先輩帰った後で先生めっちゃ凹んじゃってたんだよ」

そんな俺と大野先生を無視して神宮は楽しそうに言い、

「そんでそのあとさ、先輩、中庭でその女の子に告白されてたでしょ? 俺見てたんだよね。それを先生に実況したらさ、半泣きになっちゃうんだもん、可哀想になっちゃって」

言葉とは裏腹にクククッと肩を揺すって笑い続けた。

「やめろ、違う、そんなんじゃない」

先生は俯いたまま声を上げ、否定する。


あの時、中庭から見上げた特別教室棟の窓に神宮がいた光景を思い出す。

俺からは見えなかったけれど、あそこに大野先生もいたのか。そう思うと何も知らなかった自分が腹立たしい。


「先生の泣き顔、たまんないんだよなぁ。昔からそう。なんて言うの、加虐心? 煽られちゃって、止まんなくなるの」

慷慨している俺をよそに神宮は恍惚の表情で言葉を続けた。

彼は酔っているような足取りでユラユラと窓辺まで歩き、白い光の中で月を見上げ、

「あの夜もそうだったねぇ」

懐かしむように目を細めた。


「お律さん、お父上が亡くなって独りで筆学所を切り盛りしてるって風の噂で聞きましてね。しかも慎太郎さんもいないって言うじゃないですか。女の一人暮らしは何かと物騒でしょう? だからね、会いに行ったんですよ」

言いながら、長い指を口元に当てて薄く笑う神宮は、その横顔を月光が一層白く光らせていて、まるで浄瑠璃の人形のように見えた。


「それなのに お律さんと来たらツンツンしちゃって。それはもうハエでも追っ払うみたいに無下にするもんだから、つい」

神宮は手の甲で口を押さえてククッと肩を揺すり、

「興奮しちまって」

妖しく光る瞳をこちらに向けた。


泣きながら抵抗するあの顔がたまんなくてねぇ。あんなにゾクゾクしたことは後にも先にもなかったな」

「やめろ、黙れ!」

先生がまた声を絞り出すけれど、神宮はますます興奮した様子で、

「忘れられないんですよ。涙でいっぱいのあの目。届きもしないのに、何度も慎太郎さんを呼ぶあの声」

どんどん早口になって喋り続けた。


「本当なら慎太郎さんが触れるはずだった肌を、俺が穢していると思うと

自分の言葉に更に興奮して身を震わせる神宮に、

「もういい、黙れ」

俺は大声で一喝した。

冷えた空気がキンと弾かれたように波打ち、痛いほど鼓膜が痺れ、一瞬全ての音が消えた。


言葉を遮られた神宮がびっくりした顔のまま黙ったのを見届けてから、俺は先生に向き直り、

「風邪ひくよ、先生」

着ていた学ランを脱いで彼の肩に掛けた。

「にのみや……?」

先生は涙の浮かんだ目で瞬きして俺を見つめた。その不安そうな顔に俺は笑って、

「下がって ちょっと待ってて。すぐ終わらせるから」

そう言いながら靴下をポイポイッと脱いで立ち上がった。

「終わらせるって二宮何を」

先生の声を背中で聴き、俺は神宮に一歩近づく。

そんな俺を神宮は挑発的な笑みを浮かべた瞳で見つめ、

「先輩、俺、前に言いましたよね? 俺が先に見つけたんだから、手を出さないでくれって」

俺の背後の先生を指差して、

「前は慎太郎が先に側にいたけど、今回は俺が先なんだから、俺のモンですよ」

抑揚のない声で言った。


「うるせぇよ、知ったこっちゃねぇ」

俺は吐き捨てるように言って、道場の一番奥の壁まで歩き、そこに掛けられていた木刀を二本手に取った。


「御託はもういい。俺と勝負したかったんだろ? 望み通り相手になってやるよ」

言いながら神宮の前まで戻り、手にした木刀を一本、彼に投げて渡し、

「構えろ」

有無を言わせない、低い声を響かせた。


















つづく




月魚