おはようございます、ヨガルームAyanaのNAOKOです。

ご訪問ありがとうございます。
自分が「あ~こんなことが出来るようになったらいいのになぁ」と思っていると
ふいにその想いを叶える人と出会うきっかけがやってきたり、
この人のセミナーに出たい出たいと思っていると、その機会がお金が手に入ると同時にやってきたり……
また上手くいかない時には、一休みしながらこれからどうしていきたいかと方向性を見直したり。
人との出会いも、リアルでお会いするだけではなくSNS・これをご覧になって下さる皆さんとの出会いだって、なんだか運命っぽいものを感じることがあるんですよ。

昨日は息子の個人面談で学校に行ってきたのですが、
息子にハンディキャップが無かったらきっと私は
ハンディキャップキッズを「可哀想な子」、
ママ達には「ホント大変だろうなぁ」
なんて 眉尻を下げた表情で憐れみの気持ちを持ってしまったのではないかと思います。
実際ウチの母が私にそう言ったことがあって、はっきり言い返しました。
「言うこと聞かない やんちゃな私を育てたお母さんの方が 今の私より数倍ストレス溜まって大変だったでしょーよ。
楽して子育てしてる母親はこの世にいません

それにウチの子、可哀想な顔してる❓いっつも笑ってるでしょうが。
色々あるけど基本ハッピーなのよ私達。哀れまないでちょうだい❗️」
歩けない、確かにそりゃそうだけども、
何故かウチの息子は「それはそれ」と思っているようで 悔しがったり落ち込んだりしていません。
普通の小学校に通ってたって、一人ひとり個性があるのだから
仲間が出来たり喧嘩をしたり 時には一人ぼっちになったりと、もぅ様々に繰り広げられるわけです。
でも全てにプラスの要素があって 後々それが自分の財産になる時がきますが、
それを自覚するまで 母親として心配しながら寄り添い続けるのは ハンディキャップがあってもなくても同じですよね。
私は特別支援学校で出会う子供達やママ・先生に、私の『人生パズル』のピースを埋めるきっかけを与えてもらっているなぁと思えるんです。
うちの学校は様々なハンディキャップを持った子供達が入学してきますが、
言葉が出なくても 胸の中で思う気持ちは私達と同じ。
カラダが不自由でも 意識の中では歩いたり走ったり、空を飛んでみたり…皆それぞれに遊んでいます。
でも一つ学年が上がるごとに生意気なったり、反抗してきたり、

私達母親はそのつど子供とやり合いますが
時には疲れ切って萎れてしまう時もあります…。
どう伝えればわかってもらえるのか、傷つけない言い方ができるかを試行錯誤しながら 気が付くとため息をついていたりします。
身体的には 大きくなっていく子供を抱き起こすには腕の筋力だけでは到底無理で、
カラダをどう使えば負担にならないかを考えなければなりません…。
私達の腕は若い頃のように、か細くなくなりました。

でも学校では武術の先生が介助の仕方を教えてくれる講座があったり、様々なセミナーで私達のカラダや心の負担を減らす知恵を与えてくれます。
またPTAのママ達が日々話し合いを重ねて色々な企画を作ってくれるおかげで、
背負い込みがちな私達の精神を和らげてくれているのです。

私達のいる世界は狭いかもしれませんが、ハンディキャップを持って産まれてきた子供を授かったことで、
人生における大切な勉強を様々な分野からさせてもらっています。
それを皆で助け合って 励まし合って 自分の中に積み上げながら
世に出ていく子供達を見送るのが、私達の仕事。
私はヨガを通じて、この経験をどう活かせるか
これから先の人生が楽しみでもあります。

3週間後に開催される文化祭。私もPTAの一員として準備や片づけに参加します。
息子も昨日から劇の練習が始まり、Sちゃんと一緒にキーボードを演奏するそうですよ。
仲良く練習してるかなぁ。
仲良く練習してるかなぁ。楽しみになってきましたよ。ママも頑張りますから、あなたも楽しんでねー

To be continued

