DTBの背景考察 | リュウセイグン

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DTB二期が(僕的に)愉快な終わり方をしました。
やっぱり製作者はこの作品のバックグラウンドを考えてない
契約者とかドールとかいうガジェットこそ思い付く物の、何故それが存在するのか、どうあらねばならないのかを無視して話を進ませています。視聴者は何が起きているのかこそ理解出来る時もありますが、どうしてそれが起きるのか、そしてそれは世界にどんな意味をもたらすのかについては、そもそも語る気が無いのでしょう。



一期のラスト観た時も思いましたし、二期も最初からそうだと考えてはいました。
それが改めて明確になった以上、あのダンサーの兄ちゃんや探偵にクレームを付けるよりも竹P撲滅運動を行った方が後の災いも防げるので良いんじゃないかと思います。
とはいえ、竹P作品が売れているのも事実ですし、それを許容する人間が多数居る以上は事実上不可能でしょう。
邦画作品もしょうもない大作ばかり売れ続けていることですし、その辺りの見識に期待するのも止めた方がよさそう。



仕方ないので僕が勝手にDTBの設定補完をすることにします。
語る課題はここら辺。
僕はこれらについて出来る限り「合理的」に考えていきます。
ただ、これが如何に合理的であっても、公式設定の考察では全くありません。
むしろ公式があんまりにもしょうもないから俺がやる、くらいの気持ちでやってます。
もちろんそこまで独創的では無いんですけど、整合性は持たせるつもりです。



・契約者
・ドール
・門
・組織
・一期・二期、そしてシリーズのラスト



さぁいってみよう。

まずこの作品のキモであるはずな、契約者の問題です。
契約と言うからには「何か」と契約をしているはず。
ぼくの思索はここから始まりました。

根元的な「何か」

それさえ考えつけば半ば目的は達成
したような物です。



一期ラストでアンバーは何らかの意志を示唆しました。
何年先か分からないとかぬかしやがる時点で、その「何か」を描く気が無いのが明白なのですが、ともあれそういう存在が居るというのは確定としましょう。
ていうか自然現象であんなん起きないからね。そうだったとしてもつまんないし。



宇宙意志とかだと話の範囲が広くなりすぎるので、僕はここで地球意志という設定にしたいと思います。
所謂ガイア理論ですね。
地球が契約者を産み出した。
何の為に?
ここで重要なのが契約者の特性である「合理的判断」と言うこと。
少なくとも、この点に於いて契約者>人間です。
そしてガイア理論がしばしば持ち出されるのが環境問題。
そうガイア的には環境を荒らす人間よりも、環境を汚さない程度に合理的に済み分けてくれる契約者のが使い勝手がいいんですね。
だから契約者は地球によって創られた、人間を淘汰する次の地球の支配者(が言い過ぎならば管理人)なのです。
彼らの対価は地球による束縛であり、能力の行使と共に、人類の淘汰も隠された「契約」です。
ただそれを自覚している訳では無いので、積極的に人類淘汰を行うとは限りません。



そしてドール。
彼女らは観測例を使役し、契約者もどきであるモラトリアムの多くがドールに変化すると言う事ですが、実際の所それ以外殆どよく分からない存在です。
これについては人類VS契約者に対する観察者、と捉えればいい。
他の設定に「偽りの星空」というものがあります。
でも、これはハッキリ言って必要のないというか存在そのものが意味不明な代物です。
だから敢えてこう考えました。
「だれかに観測させる為の星空ではないか?」
すなわち、星空はスコアボードです。
どの契約者が動き、どの契約者が死んだかを表示させ、ドール達に観察させます。
彼女らの責務は「観察」ですから自我は必要ありません
その代わり認識力が増大しています。
地球上の物質に潜む霊的存在を媒介に、色々と詳細な観測が可能です。

では、契約者を観測してどうするのか。
一つには対価云々が実はドールたちによって観察されていると設定すれば面白いかもしれません。
もう一つ、契約者が死ぬと星が流れます。
そして契約者は減ります。
ただし、普通の人が契約者になることもあるようです。
では、こう考えたらどうでしょう。

契約者が一人減る→普通の人が契約者になる。

契約者の人数は一定とするならば、契約者が死んでも数は変わりませんが、人類との割合は増えていきます(出産数とも関わりますけど)だから人類との争いで契約者が死んでも、結果的には問題ない。


そこで、組織です。彼らの目的は契約者殲滅。
それは即ち組織が契約者の存在意義を把握していたからです。
だから当初、彼らは契約者の合理性(そして意志の不統一)を逆手にとって、契約者同士で殺し合いをさせようとしました(天国戦争なども、その一環という意味を含んでいた)
ところが、上記のような状況なので契約者同士で殺し合っても、結局は人類が減少することになります。
だからこそ、彼らは契約者の力の由来である門を消滅させるという手段に出たのです。


その門を消滅させる、或いは存続させるには太陽に大黒斑なるものが観測した時期だけにしか出来ない事をしなければならない。
これが(起きてないのに起きたことになっている)東京エクスプロージョンであり、「反ゲート粒子」などという意味不明の物体を打ち込むという儀式です。ここら辺の便利ガジェットはお好きにどうぞ、という感じなのでながしますが何故大黒斑の時期じゃないとダメなのか。
門のメンテナンス期、という線はどうでしょう。
門のメンテをする為に、地球が太陽のエネルギを一気に吸収します。
結果黒点が増大。門は過エネルギ状態になるので、同時に契約者の能力も一時的に増大しますが、同時にメンテナンス期であるので門自体は脆弱になります
だから、この時期じゃないと出来ない……と。


このノリで、二期の最終回も総括することが出来ます。
二期は地球そのものをコピーして箱船にしてしまうという僕的には結構好きなアホなSF(ファンタジー)ネタでした(問題は製作者はガチだろうってことだろうか)

太陽は? 重力は? 
とか色々ツッコみたい点はさておき、此処には多くの人々(コピー)が乗っています。
スオウもジュライも居ましたが、普通の人になっており、パパチェンコもママチェンコも居ました。
契約者の居ない世界として設定されたのでしょう。
逆に言えば普通の人を隔離した、とも言えます。
本作品では偽りの星空のせいで人類は宇宙に進出出来なくなったと言われています。
今まで語ってきたガイア理論に則って言うならば、人類が宇宙に行ってしまうと地球上で滅ぼしても戻ってくる可能性があるので、それに対抗する為だと言えるでしょう。
しかしそれのさらに上を行く計画が今回のものだと言えます。
宇宙に行けないと言うことは、何らかの層や幕のような物が地球の大気圏外に存在している、そこに星も出てると考えるのが一番納得しやすい。透明なので太陽光は透過。
しかしその幕の外側に直接何かを創ってしまうとなればこれは地球さんにも、どうすることも出来ません。
紫苑はそれを読み切って、地球の幕の外側に直接コピー地球をつくり、旧人類の箱船にしたのです。

これは一期にあった人類側から画策する契約者殲滅構想から一転、契約者側の提案した人類棲み分け構想と言えるでしょう。人類にとってはいい気分ではないでしょうが、殺し合う以前に隔離してしまおうという意図と考えれば、これはこれで合理的な判断ですね。

そしてキチンとこの物語を終わらせるとすれば、それは「契約者と旧人類の共存以外」にはないでしょう。
地球意志を超越して、自意識によって共に生きる。これが理想です。
具体的な施策として考えるのは難儀なので、ここでもっと大きな敵を登場させてやればいい。
地球意志をそのまま体現する、契約者の中の契約者。
リーダー格にして執行人。ドールの元締めであり、契約者を生み出せる契約者……とかね。
それによって契約者VS人類の構図を煽るんだけど、逆に共に戦う事でアニメらしい結末が期待出来るでしょう。

以上、こんな感じでDTBの設定を考えてみました。
何度も言うように、これは公式に関わる考察ではありません
また僕自身も全く公式に期待していないので、逆にこれを考えようと思ったのです。
だから幾ら筋が通っていても、本編がこうなるとか期待しない方が良いです。

もし本編でキチンとバックグラウンドが明かされて、これに近かったら……誉めるべきはスタッフなのかどうなのか難しいところです。
一番嬉しいのはこれよりもっとぶっ飛んでて、これよりもっと面白い背景が明かされることですね!


一期二期観た限りじゃ、畳む意志すら感じられないので、まず無理でしょうけど。