『アンヴィル!』夢を信じて生きていけばいいさと、君は叫んだだろう | リュウセイグン

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リップス萌え




色んな人言ってる ように、この映画は極めて『レスラー』に近い。
ただ、レスラーほどの暗さというか、逼迫感は無く、全体的にはむしろ陽気で楽天的な雰囲気がある。
当事者は物凄く困って居るんだろうけど、第三者からするとそれが物凄く可笑しい。
同時に、これがロックバンドに限らず、どういう人生にも付き物であると分かって、少し寂しく切ない気持ちになり、更にそれでも同じ生き方を貫き通すリップスやロブに敬意と愛情が湧く、そんな映画だ。
30年もバンドを続け、アーティストからは評価されているのにちっとも売れず、給食の配達やらグダグダのツアーやらで生活もバンドもままならない。

それでもやりたい事をやってるだけで、後悔していない、と彼らは言う。

恐らく一面では本心であり、もう一面では嘘が混じってるだろう。
彼らも、何度も考えてきたはずだ。
特に可不可の無い、平凡だが当たり前の生活を。
本人の意向だけでそれを願うとは限らない。
配偶者や親子の願いや悩みと、自らの夢を幾度と無く秤に掛けていたに違いない。
それでも、彼らは夢を選び続けて来たのだ。

大抵の人間は何処かで諦めてしまう
人とは違う人生を。かなえられる保証のないあやふやなものを信じるのを
また、信じる振りをして夢に向かって為すことを辞めてしまう
けれど彼らは「夢を諦めきれな」かったバンドも止めなかった
どんな形であっても。
そうして、今もバンドを続けている。

成功すればやり続けるのは当たり前だ。それは普通の人の姿である。
もちろん成功の悩みなんて物もあるけれども、そりゃあ大概が傲慢であって、我が儘というか、無い物ねだりだ。
彼らは30年間、世間的には鳴かず飛ばずだった。
けれども、だからこそ、夢に対して極めて純粋な男達の姿がある。

そこに笑いながらも、グッと来る。
魂が共感する。

そして段々、リップスが萌えキャラに見えてくる。
アンヴィルの中心メンバーはリップス(Vo&Gt)とロブ(Dr)の二人で、彼らは幼馴染みらしい。
だからお互い強い絆で結ばれているが、そこはバンド、意見の食い違いはある。

ロブは言う。

「どうしてお前は俺にばっかり愚痴やら文句を言ってくるんだ?」

それに対するリップスの返しが素晴らしい。

愛しているからさ!
お前にしか言えないんだよ。俺の愚痴や文句を、お前に言えなかったら、
いったい誰に言えば良いんだ!」

逆ギレである。
ついでに多分、口から出る言葉を適当に言っている。
けれど、この言葉はきっと二人の核心をも突いている。

またリップスは、新作CDの費用を稼ぐ為に会社で働こうとする。
会社の副社長はアンヴィルの大ファンだ。要するに、それを見込んで頼んだって訳。
そこからしてもう悲しすぎる設定だが、その仕事がテレフォンセールス。

リップス曰く

「僕は昔から人に対して礼儀正しくしろと教わってきた。この仕事は真逆だ、僕には向いてない」

30年もメタルバンドをやり続けている男が言うと、ちょっとシュールですらある。
だが、恐らくこれは本当で、オーケンなどの書き物によるとロッカーは案外小心者でいい人が多いらしい。
実際、歌う時以外、日常生活の画面で観るリップスはニコニコと笑う、温厚で優しげな男だ。
長髪パーマを除けば。


この映画の最初は1984年の日本のロックフェスで始まり、そして最後も日本で終わる
僕たちの居る国が、30年も続いた売れないバンドと、どう関わり合ったのか。

きっとそれを知れば少しばかり日本人であることが嬉しくなると同時に
夢を諦めずに追い続けている人も何らかの感慨が得られると思う。