南極料理人
うっかり笑った人だけ面白い、あんまりたいしたことはない名作
僕はあずまきよひこの漫画を殆ど読んだ事がないのですが、思わずこういうコピーを引用したくなる作品でした。
タイトル通り、南極に出向する事になった料理人とお仲間のお話なのですが、面白い程に劇的な事が起こらない。
もちろん、南極ですから非常な特異な環境です。
従ってロケーションは凄い(とは言っても撮影は網走)し、色んな所で南極ネタとも言うべき固有ギャグが織り込まれるのだけれども、それは要するに日常の状況が南極だからであり、やってる事は普通の生活と変わらないのです。
これは僕が言ってるだけでは無くて主役の堺雅人自身が
「南極という一番劇的な場所に行きながら、結果何が堕きるわけでもない、そのドラマの“起らなさ”がおもしろいと思いました」
と語っている。
そんな本作を象徴するかのようなシーンが、
伊勢エビの海老フライ
を食べるシーン。
ここに至るシークエンスもなかなか楽しいのですが、それはさておき伊勢エビという非日常的な食べ物と、海老料理の中で恐らくは最も子供っぽく庶民的な海老フライという料理が合体してしまったそのシチュエーション。
あまりにも豪華で巨大な海老フライに若干引き気味のままかぶりつく愉快さが、そのまま本作の大きな魅力に繋がっています。
主人公の西村がいちごシロップで野球のベースを引いいているところに、他の男が群がってスプーンで食べていたり、零下70度記念に裸になって記念撮影したり、牛肉の塊に油かけて火を付け、ローストビーフを作ってみたり。
あずまきよひこと比較しましたが、出てくるのはほぼオッサンです。
きたろうさんとか生瀬勝久さんが中心です。
オッサンスキーの僕としてはとても嬉しいのですが、女の子が好きな人は別の作品を観た方が良いかもしれない。
兎も角、女子供や厳しい社会という外聞の無い場合、男というのはこうも根っこが変わらないんだなぁ……と感じ入ります。
もちろん、仕事はする。
でも、やってる事はマジで餓鬼。
ただ、同時に家族や恋人を残して来た身でもあります。
だから、そういうシーンの切なさは逆に身に迫る。
特に西村が不味い鶏の唐揚げを食べながら泣くシーンが良い。
何故、不味い唐揚げを泣きながら喰ってるかは見て頂きたいところ。
また、やはり特異な環境に居る事でストレスが溜まり、変調を来すような場合もある。
中でも一番笑ったのが、西村が厨房に入ると隊員の一人・盆(だったと思う。キャラの髪型などが似てるので見分け付きにくい人が居る)が何か食べてる。
西村「何してるんですか?」
盆「西村くん、最近バターが美味しくって……」
西村「糖尿病になっちゃいますよ……」
というやり取り。
バターが美味しいという発想自体、かなり脳に来てる感じがするが、西村くんの優しく的確だが何処かズレたアドバイスも素晴らしい。
ともあれ、こういった状況から何か起きるかというとそんな事はなく(厳密に言えば西村が凹むちょっとしたトラブルがあったりもする)
もちろん、変な宇宙生物が発見されたりもしないし「テケリ・リ! テケリ・リ!」なんて声も聞こえない。犬が感動的に生存してる訳でもない。
けど、それが逆に本当の意味でリアルな南極の日常を思わせ、また「非日常な南極」でも「不可欠な日常」である食事の面白味が増す。
そして南極観測隊・最後の朝食シーン。
僕はパンフ見るまでこれが「最後の朝食」なのか、判断が付かなかった。
それくらい自然で日常的な姿。
終わりだ! と喜ぶでもなく、早いな……と悲しむでもなく。
このシーン、西村が食事の準備をして最初の本さん(生瀬)が食卓に着き、みんなが揃って食事をして、それがフェードアウトして誰もいなくなる……ってとこまでず~っと長まわしで撮っている。
5分くらい。
けっこう凄いシーンだと思うのだが、やはり何がある訳ではなく、普通の食卓。
同時に一年余を過ごしてきた疑似家族の、最後の食卓。
出立のシーンは、静かに人気の無くなった基地を映す。
日本に帰ってきてからのエピソードも楽しい。
ここでまさかの正ヒロイン登場、というのがある意味この映画最大の衝撃だったかもしれない。
で、そんなこんなありつつ。
ラストも実に何気なく終わる。
個人的には、ここである台詞を繰り返して上手い感じで終わるのかな?
と思ったら、普通に流して終わったwwwww
少し肩すかしの感もあったけど、ある意味この映画らしいかも。
良い映画だけども、「凄さ」や「ドラマ」や「テーマ」みたいな物を期待して見ると困る可能性が高い。
もちろん無い訳じゃない。でもそういうのを突っ込むと野暮になる類の作品だろう。
何となく観て、何となくじんわりする。
それがこの映画のステキな楽しみ方じゃなかろうか。
※
この映画の前後に『遊星からの物体X』を観ると物凄く色々考えてしまうんじゃないかと思う。