「叙述トリックが用いられている作品だと知られない事」
である。
※ 以下は『イニシエーション・ラブ』のネタバレを含みます。
- イニシエーション・ラブ (文春文庫)/乾 くるみ
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『イニシエーション・ラブ』が凄いというので読んでみたら、中盤で何がどうなるのか分かってしまって、ちょっと嬉しいやら悲しいやら。
最後の一文(正確には最後から2行目)で物語の樣相がすっかり変わってしまうとか、一度読んだら絶対に二度読みたくなる……という話を耳にしたんだ。
だから読んでみた訳ですよ。
話としては普通のラブストーリーで、鈴木君という男の子が合コンで出逢った女の子・成岡繭子にベタボレしてしまって……という話。
目次の時点で二部構成になっている事がわかる。
従ってSideAは男の子、SideBは女の子なのかな……と思いつつ読んでみた。
既に序盤で怪しいギミックがちらほらと。
・成岡は合コンの席で左の薬指に指輪をしていた
・鈴木君と成岡がデートするようになったのだが、一度だけ「体調が悪い」と断りの電話が。
・初体験なのに成岡が妙に積極的
・鈴木君の呼び名を決める時、名前が「鈴木夕樹」で「ユウキ」ではありきたりなので「夕」の字とカタカナの「タ」が似てるから「たっくん」と呼ばせてくれ……と言う。
これらの要素は、或いは現実では何の意味もなく存在するものかもしれない。人間なんて気紛れだから不可解で不合理な行動くらいは幾らでもある。しかし物語にこういった「引っ掛かり」がある場合は、何か意味があると考えた方が良い。
基本的に、意味のない引っ掛かりは物語に於て余計でしか無いからだ。
僕は、これが「リアル」と「リアリティ」の違いだと思っている。
「リアル」は理由のない偶発的な出来事ばかりが起きるが、「リアリティ」には人間の行動やら事象やらには何か意味がある場合が多い。
そっちの方が読者、視聴者が「納得出来る」もしくは「ありそうな感じがする」からだ。
しかも僕自身はこの物語に何か「仕掛け」がある事を知っている。
書評もそうだったんだが、ぶっちゃけ文庫版の裏に書いてあるのだ。
それらを考慮するならば、まず間違いなくこれらの「引っ掛かり」が意味を持っているのは想像に難くない。
そしてSideBに入った。
当初SideBは女性視点だと予想していたのだが、何故か鈴木が続投している。
ただし東京に出向しているので、SideA後の話としては読める。
これでほぼ読めた。
SideAの鈴木とSideBの鈴木は別人だな……と。
叙述トリックを用いた作品にはよくある話。
でなければ構成を分ける必要がない。
恐らくは、こちらの物語がSideAに先行していて、元彼がこちらの鈴木。
そして名前は「た」で始まるだろうと予想出来る。
途中で指輪なぞを買っていたので確信は益々深まった。
ただ一つ、見誤っていたのはSdeAの前日譚ではなく、同時進行をしているらしいという事。
これも中盤辺りで確証を得た。
つまり成岡は彼が東京行ったので合コンに参加して男をキープしようとしていた訳だな。
もちろん人数合わせで行ったら、マジボレしてしまったなんて可能性も否めないがね。
クソビッチが!!!
と言いたくなるが、ぶっちゃけBの鈴木も浮気フラグが立っているのでどっこいどっこいだったりする。
そんで鈴木Bの浮気相手が持ち出す理屈が「イニシエーション・ラブ(通過儀礼的愛情)」だ。
簡単に言えば
本当に運命の人なんて誰だか分からないんだから
気持ちが傾いたら浮気しても良いんだよ!!!
というなんちゃって慶応大学出のエリートさんとは思えない程に低レベルな論法であるが、鈴木Bは喜んでそれに飛び付く。
要するに鈴木Bもバカと言う事だ。
そして成岡も勿論バカ。
従ってバカばっかが自己陶酔しながら浮気しているお話だと考えれば間違いはない。
唯一純粋なのは鈴木A。
しかし物語のテーマ的には鈴木Aの持っている恋愛感情も絶対的なモノではあり得ず、どこでどう揺らぐか分からないのが示唆されている。
鈴木Bは鈴木Aのあり得べき姿だし、成岡も鈴木Bに隠してAと付き合っていたのだからAをも捨てないとは限らない。また鈴木Bもその浮気相手も、イニシエーション・ラブ論に乗ってしまった以上はどっちが切り出してもおかしくはない。
こういったやや皮肉な関係性を持ち出すのと、叙述ミステリとして面白さを出す為に登場人物をムカツク奴等ばっかりにしたんだろうが、それでもやはり頭に来る内容ではある。
人の感情が移ろいやすく、時として一過性とすら言えるのは確かだろう。
絶対はない。
しかしながら、
それでもいつ消えてしまうかも分からない感情を大事にして
あるはずのない絶対を現実化させようとする
からこそ人間の面白さ、良き愚かさがあるんじゃねぇのか。
本当に愛情を持てたかなんて、最終的には死んだその時にしか答えは出ない。
自覚してから死んだ時まで貫き通せば嘘ではなくなるし、最後の最後で裏切ればそれっきり。
それを適当な理由付ける事で変換出来てしまうような奴等は、
そもそも愛情なんてのを語る資格がない。
「イニシエーション・ラブ」なんて洒落た名前を付けてはいるが、とどのつまりは単なる自己正当化に他ならず、そんな事するヤツは結局何が可愛いのかと言えば恋人じゃなくて自分が可愛いってこった。
もちろん誰でも気持ちが揺らぐ事はあるだろう。
その時はテメェが悪いんだから「ごめんなさい」。
そう言うしかない。
感情の流れとして仕方の無い事ではあっても、一度口にした愛の言葉が虚しくなってしまったのだから謝ってしかるべき事態だろうと思うんだね。
作者はこういったいやらしさをワザと書いているんだろうけど、それでもあんまり気持ちのいい物ではなかった。
展開も読めてしまったので驚きもない。
綾辻行人で鍛えられてしまったので、こうした作品で驚けない事が良いような悪いような……複雑な気分だ。
コレも
仕掛けが無いと知っていたら面白く思えたのかもしれないが、
そもそも仕掛あると知らなければこんな小説読まない
ので、やはり難しい問題ではある。
一番印象に残ったのは、成岡が鈴木Aに具合が悪くなった理由を「便秘」だと語っていたところ。
実際は鈴木Bと相談した上の「堕胎手術」であった。
気を使わせないようにバカバカしい病名を語ったのか、それとも子供を「便秘」と同様に認識していたのか……真相は分からないが、この物語は全体的に成岡の本心が見えないので気持ちの悪い話ではある。