激励、お見舞いの言葉を、
有り難う御座いましたm(__)m
悲劇の始まりは、
日本列島に今年最大級の、台風21号が、
9月4日正午に四国、近畿に上陸し、
勢いは衰えず4日夜から、朝方3時まで、
北海道に猛威を震った、
この夜の風の音は、ヒューヒューや、
ゴォーゴォーじゃなく、雄叫びだった、
台風が雄叫びをあげる度に、家が揺れ、
ギシギシと歯を食いしばって我が、
家は、耐えていた、
朝起きると、春には、濃い紫の花を咲かす、
ライラックの木が倒れていた、

35年間我が家を見守って来た、
ライラックの歴史をとじた、

北海道にも大きな爪痕を、

残した、台風21号は、

前兆線でしか無かった、
北海道150年の夏も終わり、
秋を迎えようとしていた、
9月 6日 3時 8分
強い揺れで、目が覚めた、
それは、今まで経験を、したことの無い、
長く強い揺れで、、、
揺れが治まるまで、部屋から動けず、
電気を点けると、テレビは倒れていて、
タンスの上の物は床に散乱していた、
下にいた妻に、
「お~~い大丈夫か?」と、
声をかけると、
「大丈夫」の声が聞こえた、
揺れが治まり、家の中をチェック、
物が落ちたりしていたが、
大きな被害は無く、ほっとしていると、
間もなく電気が消えた、
この時は、直ぐに回復するだろうと、
一夜を過ごしたが、
長い夜の始まりだった、
ワンセグテレビで、全道全域で停電、
復旧の目処が立っていないと、
電力会社が報じているとのニュース見て、
電池と、食料の調達に出掛けたが、
スーパー前には長い長蛇の列、
カップ麺とパンは、数限定で購入出来た、
我が地域は、断水にならず、
水も、ガスも使えたので、
温かい食事は確保出来たが、
6日の夜は、電気は復旧せず、
暗闇の中で食事となった、
7日の夜も、道路を挟んで向かい側は、
電気が復旧したので、我が家も直ぐに、
復旧するだろうと思っていたが、
19時になっても、復旧せず今日も、
暗闇の中での食事と諦めたとき、
電気が点いた、
思わず\(^-^)/と叫んでいた、
近所で数ヵ所で小さな液状化現象が、



皆さんは、テレビの報道で御存知だと思いますが、
震源地の、厚真帳では大きな被害が、
この、大地震で亡くなられた方々の、
御冥福を御祈り申し上げます、
そして、1日でも早い復興を願います、
北海道150年の記念すべき年なのに、
あまりにも、重い記憶に残る、
道民の年になりそうです、
1度に、台風と地震の被害を、与えるなんて、、、
ブログを書いている時に余震がありました、
どうなる、北海道























































































