「彼女は窓辺に、水だけ入った金魚鉢を置いていた。
透明な水が、柔らかな光をキラキラと反射している。
「何を育てているの?」
僕は彼女のことだから、もしかしてプランクトンでも育てているのかと思った。
「お魚、よ」
彼女はにっこりと笑った。
「魚?」
僕は金魚鉢の水に目をこらした。
でも、どんなに目を近づけても、陽に透かしてみても、底の方から見てみたって
何も見えない。
「魚なんて、どこにもいないじゃない」
ちょっと拗ねたように僕が言うと、彼女は小さなハート型の角砂糖を金魚鉢に入れた。
ハートはゆっくりと沈んでいきながら、透明な水に溶けていく。
「透明な魚がいるのよ?透明なモノしか食べられないの。
あなたには、見えない?」
僕はもう一度、金魚鉢を見た。そして、彼女を見る。
兄さんが出張の時だけを狙って来ていることに、彼女は気づいているのだろうか。
僕に透明な魚が見えないのは、彼女への気持ちで僕が透明じゃないからかもしれない。