👇リンク先の前回の記事から続き、五感から六根を養った先にある六感について、解いていきます。


運気を上げるために必要なこと|五感と六根


六感の開花

六感(シックスセンス)は、感覚、感性、霊感的なものとして認識している方も多いかと思います。

それ故、誰にでもあるわけではない、特別な人にしかない感覚だと思っている人も多いのかもしれません。

ですが、六感は人であれば、誰にでも備わっているものです。

 

私には霊感はない、直感力はよくないと思っている方もいますが、その感覚を普段意識しているかどうか、使っているかということ。

 

また、どのくらい六感を使っているのかも人それぞれです。

 

当たり前の感覚により、全く意識せず、使っている方も多いのかもしれません。

 

六感という感性は、人にとって本能的なものであり、意図せず自然に働いているもの。

 

ある場所に行った時に、何となく冷やっとして、嫌な感じがすることや、重たい感じがすること。

またある場所に行くと、温かい感じがして、その後自分にとって、良い流れがあったりすることなど。

それは場所だけではなく、人であったり、物や音にも存在します。

多かれ少なかれ、そんな感覚になったことがある人も多いのではないかと思います。

 

その感覚が豊かであるか、閉じているのか、ただそれだけの違いだと言えます。

 

六感は、五感と同じで、精神的に豊かであれば、自然と感じる感性、視覚的に見えないものを感じる感性です。

 

六感、霊感は、霊的なものが視覚的に目に見えたり、霊臭を嗅覚として感じたりするだけがそうではありません。

また、そのようになったら、開花したとか、覚醒したというものでもありません。

 

六感は、五感を越えた感覚であり、五感を通して感じたことだけではなく、むしろ五感の外にある感覚的な感性の豊かさでもあります。

 

五感から入った情報から分析するのではなく、それを通して直観的にどう感じるのかが、六感を開花していくことに繋がるものです。

 

六感は使わないでいると、自然と閉じていきます。

 

日常生活の中で、どれくらい使っているかは人それぞれで、発達具合は違うのかもしれませんが、誰もが持っている感覚を六感と言います。

 

六感は、五感が豊かでないと働かない。

 

そこで、前回の五感と六根の話に繋がってきますが、五感が鈍っていると、当然六感も鈍くなってきますので、感性が働きづらくなります。

 

また、六根が養えていないと、色々な感覚に振り回されてしまい、何に対しても嫌な感覚がしてしまうことが多くなるのかもしれません。

 

運を良くしていくことは、ただ敏感に感じるだけではなく、感性を豊かにすることや、六感を調整することが重要だと言えます。

 

 

六感を調律する

霊的な存在、怨念的なもの、生き霊的なものを感じることも六感のひとつではありますが、それらの次元は重く、向き合い方が難しいものでもあるということ。

 

霊的なものを日常的に感じて、自分にとって心地がよいものに、感性のピントを合わせられない人もいるのかもしれません。

 

霊感を身に付けたいということの一環で、霊的なものを感じるにはどうすればよいのかという話もありますが、今回のテーマにおける「運をよくする」という観点になると、そこはあまり重要ではないと言えます。

 

日常生活の中で、五感として聞こえなくても、この世の事象には、振動という周波数があります。

 

どんな周波数に自分の感覚を合わせるのかということが、引き寄せという観点においては重要です。

 

自分にとって良い流れや人を感じること

 

運の流れは、大きな決断や分岐点だけではなく、日常の中で、小さく思えるような些細な出来事にも選択はあります。

 

今日はスーパーに行く、直観的に、何となく、行く店を変えてみる。

 

その先にある、小さく感じるラッキーの積み重ねが、後の流れを少しずつ変えていき、知らず知らずのうちに大きな流れに変わっていくのかもしれません。

 

六感は、自分の感性から何を感じて、何を選択するかにより、運は結果的に大きく変わっていくものです。

 

何を感じるのか、何に感覚を合わせるのかという調律が、感覚的に、本能的に引き寄せる、出来事や縁となります。

 

自分にとって、良い縁起になる流れを感じる六感に調律するためには、六根を養うこと。

 

前回のコラムで書いた、五感からどう感じるのか、五感を養える意根が育っていれば、六感という感性も養えるはずです。

 

また、豊かな意根による想い方から、日々そのエネルギーが蓄積することで、感性は調律され、豊かなエネルギーを生み出します。

 

豊かな循環が良い流れを引き寄せ、その流れをキャッチする。

 

六感を開くことは、自分にとってよい流れを掴むチャンスを感じやすくすることでもあり、引き寄せることです。

 

不穏な空気を感じることも六感のうちですが、それに支配されないで…

自分にとって、良い方向に進める感性に調律することが、六感を上手く使う方法です。

 

豊かな感性は豊かさを感じ

豊かな流れを引き寄せ

運気を上げます



(こちらの記事は以下公式HPのブログにも掲載しています)



最近流れがよくないとか、ぱっとしない、物事がスムーズにいかない、思ったように進めない、トラブルが多いなど…

なぜ上手くいかないのか、どうしたら運気が上がるのか!?

このようなご相談は、日々多くあります。

まず、このような流れになってしまう原因のひとつとして考えられるのは、五感の乱れです。

今回は、五感や六根を整えることから、六感を開くことで、運気を上げることについて、順番に解いていきたいと思います。

 

五感を整える

五感→目 耳 鼻 口 身

日常生活の中で使っている、これら5つの感覚が五感です。

  • 視覚 → 目で見る風景や色彩
  • 聴覚 → 耳で聞く言葉や音楽
  • 嗅覚 → 鼻で嗅ぐ生活臭やアロマ
  • 味覚 → 舌で味わうことや話す言葉
  • 触覚 → 触れる感覚や身につけるもの

五感のすべてから感じ、何かを想い、日々生活を過ごしています。

ところが、生活や精神的に疲れてしまうことから、これらの五感が鈍くなること、または敏感になりすぎてしまうことがあります。

今まで、美しくと感じていた景色を見ても、何も感じなかったり、見えないわけではないが、フィルターがかかったように色彩をはっきりと感じないこと。

生活音からは、耳鳴りや雑音ばかりが聞こえてきて、心地の良い音や音楽が聴けない。

不快な生活臭に過敏になってしまうことや、何も感じられないこと。

気がつけば、食事は義務的な作業となってしまい、美味しいと感じない、食べることが面倒になってしまっている。

触れたものの感覚に鈍くなってしまうことや、過敏になりすぎてしまうこと、着る物や持ち物に無頓着になってしまうことなど。

生活自体に色彩や味気がなくなり、それらの感覚から、豊かな感情になれなくなってきた時は、五感が乱れてきているサインかもしれません。

 

五感が乱れることで運気が落ちる理由は、豊かな感情が持てなくなることにより、重い感情のエネルギーを抱え込みやすくなることです。

 

運が良い人は、日々を楽しんでいる、豊かに、健やかに過ごしています。

それは、五感から入った情報から、自分にとって心地がよくなる感情に変換できていることや、自分が豊かになれるものに、自身から触れようとしています。

 

惹かれる風景や絵画を見る目

好きな音楽や心地が良い音を聞く耳

良い香りだと感じるものを身近に置き嗅ぐ鼻

美味しく食事をしたり、前向きな言葉を発する口

好きな人や動物に触れることや、自分が好きなデザインの服や持ち物を身につけることなど。

 

 

日常生活の中で、不快に感じる物事や感覚は、誰しも多かれ少なかれあるでしょう。

不快、不浄に負けないで…

自分の好きや、心地の良さを見つけることです

 

五感から感じること、想い方を豊かにすることから、自分の中に豊かさというエネルギーが貯まっていきます。

 

最近どうでもよくなってきたと感じる時ほど、五感を使って、自分にとって良い感情になれるものに、自ら触れることです。

 

五感から、心に繋がる道に詰まった日々の不快な感情による不浄や穢れを祓うことは、自らが意識した時に、心地よさの中で流れていきます。

 

日常生活の中で、知らず知らずのうちに詰まってしまったその道を開くこと。

 

豊かな感情になれるものに触れて、陽気なエネルギーを大きくしていくことが、五感を整えることに繋がっていきます。

 

六根を養う

五感六根について代表的なものは、六根清浄大祓がありますが、現代の内容に置き換えるとするならば、このようなことを解いている祝詞であるとも言えるかもしれません。

 

六根とは、目 耳 鼻 口 身の五感に、意識という意根を加えた六つのことです。

 

⚪︎五感を整えることは、先に書いた自らの好きや心地よさを増やすことから、日常的に受けた穢れを浄化して癒すこと。

すでに、不快な感情が溜まってしまった時の癒し方でもあります。

 

⚪︎一方、六根を養うことは、日常の中で不快に感じる場面に遭遇した時、どんな意識で向き合うのかということです。

意識の持ち方、考え方そのものが意根となり、五感すべての在り方が変わります。

 

五感は、その人の意識の在り方、感じ方や想い方で、何を感じるかが変わっていくものです。

 

意根は意識、想い方、考え方でもあり、その在り方次第で、五感から心を乱されなくなる。

 

意根を育てるには、先に五感を整え、癒されていないと、豊かな意識や考え方を持つことは難しいかもしれませんが、不快な出来事や人間関係の中で、自分がどう在るかということです。

 

例えば、今日は流れが悪くて、失敗が多かった時、不協和音の方が大きく聞こえてきた時…

やっぱり運が悪いんだなと思ってしまったり、今日は嫌な日だったなと感じてしまったり。

 

でも、それは本当に嫌な日だったのでしょうか?

その背景にある真意や、自然の流れの中で、何かメッセージがあるかもしれません。

 

今日は活動しようと思っていたけど、ゆっくりする日にしようと切り替えたり、明日にした方が効率がよいかもしれないという可能性。

 

約束がキャンセルになったことから、1人の時間を楽しめる豊かさ。

 

合わない人との時間も、よく向き合ってみれば、自分にとっての気づきや、学びになっているかもしれません。

 

物事は、見る角度、考え方次第で、不幸にもなれば、幸福にもなれます。

幸せな人は、感性が豊かで、独自の意識を持っています。

豊かさや心地よさを上手に見つけています。

 

それは、意根が自分の中でしっかりと根を張り、日々育てているからです。

意識を育てることは、六根すべてを養うことです。

 

日々受けた感情の蓄積が、その人となりを形成し、そのエネルギーの質や意識そのものが、物事や縁を引き寄せます。

 

歪んだ感情からのエネルギーが蓄積すれば、似たエネルギーを持った人や、出来事を引き寄せやすくすることや、負のシンクロも起きやすくなると言えます。

 

豊かな意識には、共感の引き寄せから、似た考え方を持つ人との出会いが多くなるかもしれません。

 

日常の意識の在り方 感じ方

すべてはそこから始まります

 

普段当たり前に、見て、聞いて、話していることから、意識してみること。

豊かさを見つけて、しっかり感じること。

美味しく、しっかり感じて食べること。

 

豊かな意識は、豊かな感情から生まれます。

 

✴︎次記事にて、六感を開くことに続く

(こちらの記事は以下公式HPのブログにも掲載しています)


お盆シーズンは、呼ぶ御霊が増えるからなのか、不思議と忙しくなる傾向があります。

 

暦の上では立秋を迎え、まだまだ暑くて、陽射しの強いお盆ですが、涼しげな秋風の中に、人恋しさを想うような風を感じることもある季節です。

 

風が何かを、語りかけるような季節の足音

 

淡い揺らぎと

語らいのお盆

 

日常の中で、蜻蛉を見かけるようになりました。

 

そんなお盆の仕事帰りのことです。

 

 

愛知県、定光寺から定光寺駅に向かう下り坂からの交差点、赤い手すりの城嶺橋が見えます。

 

川を隔てて向こう側には、霊験あらたかな山々と、猫神社で有名な玉野御嶽神社や、紅葉シーズンに開放されている愛岐トンネル群など、賑わっている聖域があります。

一時期は、愛岐道路川沿いの廃墟が話題を呼び、心霊スポットにもなっておりましたが、なんにせよ霊的に賑やかな土地です。

 

同業者は避ける傾向がある道ですが、私は地鎮の念も含めて、よく通る道になっています。

 

年々賑やかになっていき、新しい風や土地の波動の変化により、浄化や地鎮がされてきたように思う。

 

そんな背景の逢魔時。

定光寺からの下り坂の交差点で、信号待ちの目に入った光景は、まるで異世界を想わせる、正にお盆らしい風景でした。

 

定光寺と、玉野御嶽神社側を結ぶ橋や、その間に流れる川を埋め尽くすくらい、沢山の蜻蛉が流れるように飛んでいたのです。

 

此岸と彼岸を結ぶ光景のように映りました。

 

私は、こんなに多くの蜻蛉を今まで見たことはありませんでしたが、それは異様な風景というわけではなく、夕刻色の淡い揺らぎの中、尊い命の流れのように、そこは生きていました。

 

蜻蛉の一生は、水中で過ごしている時間の方が長く、成虫になって飛んでいる時間は、現実的にはそんなに長くはありません。

 

長い水中での期間を経て羽化した儚い命。

 

懐かしい故人の魂と

輪廻転生

 

それは命の流れを思わせる、お盆の光景でした。

 

 

それからまた明る日

 

家に家族が集まり、解散した後の逢魔時

玄関から見た庭の光景に、また息を呑みました。

 

前日の川の数ほどではないが、今度は家の庭で数えきれないくらいの蜻蛉の大群が、元気よく飛んでいたのです。

 

家の庭内でも、こんなに沢山の蜻蛉を今まで見たことはなかったのですが、神前や仏前での祈りの後、そっと想いを運んでくるかのように現れた蜻蛉の姿に、光の精を見たような気がします。

 

まだ暑い日差しの中、秋の気配と共に現れた、ひとつのお知らせだったのかもしれません。

 


 

蜻蛉を見ると、どういう意味があるのかを、セッションの中で聞かれることが多いです。

 

お彼岸の頃に見かける、黒いハグロトンボという通称神様トンボをはじめ、蜻蛉は神霊や御先祖様の御霊を乗せてくるという謂れや、前にしか進まないことから勝ち虫と言われ、良い縁起の象徴として認識されていることがあります。

 

お墓参りの後やお盆の頃、そっと現れる蜻蛉の姿の中に…故人を感じ、想い、懐かしむ気持ちに寄り添うような佇まいもまた、それを思わせてくれるのかもしれません。

 

そんな優しい淡い時間は

 

四季折々、確かに感じる

 

自然の揺らぎや、光の欠片の中に…

 

それぞれが感じる安らぎや、癒やしの恩恵を、必要な形で受け取っているのかもしれません。

 

 

疲れすぎている時

豊かな気持ちになれない時

 

小さな自然の変化に気づくこと

 

五感を使って感じてみること

 

五感を解放し、浄化することから、感じ方や意識の持ち方は、自然の中で癒され、また自然に変わっていくものではないかと思います。

 



✴︎五感については、次回に続く


(こちらの記事は、以下の公式HPのブログにも掲載しています)