県外の大学へ進むことが決まった息子。




振り返ると登園拒否に登校拒否、そして別室登校をした期間、年中時から小学生時代に周りからは色んなことを言われていた。

こちらの不安な気持ちも知らずに正論を言う園の職員や教職員や少し関係の遠い母たち・・・。

思えばその人たちに対する怒りが子育てのエネルギーになっていたように思う。


そしてずっと私の気持ちに寄り添ってくれたママ友たちとM先生・・・味方になってくれる存在は別のエネルギーになっていた。


それは息子を信じる、自分を信じることに繋がって行った。



息子は中学生の頃に自分を信じることを確立したのではないかと思っている。







大学の最初の住まいは食事付きの学生会館。

ほとんどの学生が一年間ほど暮らして近隣の様子を把握してから二年生になるタイミングで一人暮らしのアパートに引っ越しをするらしかった。

息子もそれに倣った。



学生会館はベッド、机、収納棚があったので引っ越し荷物も少なく身軽だった。




大学一年の夏休みに免許を取っていた息子は同じ様に引っ越しをする2人を誘って(学部が違う免許未取得の2人)割り勘でレンタカーを借りそれぞれの新しい住まいに荷物を移動させ3人で引っ越しを済ませた。



自立しているようでうれしく思った。





1年生の時にわかる成績開示ではギリギリで合格していたことがわかった。


ギリギリでの合格がわかって息子は勉強を頑張ったようだった。



それは3年生の時に配属される研究室が決まる時にわかった。

成績順に希望の研究室が決まって行くらしく息子は上位だったので第一希望に決まったのだった。





振り返ると 

           ”意味のないことは起こらない“  

           “起こることは必然”          等々

どこかで聞いたことのある言葉の立証が大学生になった息子の言動の中に垣間見られて行く。