ファジィな日本語 | ムーンワーカーズ

ムーンワーカーズ

一人ひとりの人生があり、仕事がある。
自分というものをもっと知ろう。
個性は十人十色、作業も十人十色。
仲間の数だけ楽しさは増え苦しみは減る。
人に迷惑かけたら人の迷惑もらおう。
それがどうした? そんなもんでしょ。
地域と仲良く家族を信じ自分を大切に。

▼世の中にはファジィ(曖昧)なことがたくさんある。古来、日本人はその曖昧さを言葉巧みに表現してきた民族である。そして、そんな微妙な表現を「いとをかし」や「わびさび」などの風情として重んじてきた。その名残が抜けないためか、現代日本語においても“これやってもいい?”との質問に“(ああ)いいよ”と答えるか“(もう)いいよ”と答えるかでは意味が逆転する奇妙な現象を招いてしまう。同じ“いいよ”でもイントネーションに委ねて使い分けるのが日本語だ。かたや英語には“Yes, I don’t.” なるイエスかノーかわからない曖昧な表現はない。

▼フランスに行ったときこんなことを言われた。“赤信号(歩行者用)のときに絶対に道を横断するな!”もし車に撥ねられても歩行者に保障がないからだ。欧米では、交通事故の処理に日本でいう弱者救済や過失相殺の概念がない。したがって、事故の原因を作ったほうが100%悪いとする100か、同時に原因を作ったとする55のどちらかしかないのだ。ガリレオ的にいえば“結果には必ず原因がある。原因がなければ事故は起きない。実に合理的だ。”実に納得できる理屈である。

▼昨今、従軍慰安婦や靖国参拝等の問題で物議を醸している日本だが、イエスともノーとも取れる曖昧な発言が国際社会に受け入れられないためではないか。このままではTPP交渉においてアメリカにやり込められるのは必至であろう。ファジィなニュアンスを美徳としてきた日本人が、ファジィ理論を合理的に確立させたアメリカ人に勝てるとは思えないからである。

▼そんな中、日本は東京へのオリンピック招致に成功した。勝因は何だったのか? 猪瀬知事が語るオールジャパンのチームワークか、安陪首相の公約的発言か? 過去を振り返れば、他国では当り前のハグをためらったことに象徴される「控えめで曖昧な日本人らしさ」が招致の足を引っ張った。今回はこの反省に立って、相手の立場で「日本」を伝えなおそうとしたことが真の勝因ではないだろうか。しいていえば、滝川クリステルの流暢なフランス語がIOC委員の心をストレートに動かしたと推察する。        (Sakai