
父が学生時代に箱根駅伝の2区を走っていたらしく、箱根駅伝がある、この日のテレビのチャンネル権は父が握っていた。子供の頃は駅伝は単調な感じがして、裏番組を見せてくれたらいいのに、と思ってたけど、普段チャンネル権のない父が、これを観たいというと、不満をいう人間は僕の家族の中にはいなかった。

あの頃からもう何十年も時が経ち、父はもうこの世にはいない。当時、酔った父がカッコ悪く思えて、自分は大人になっても酒を飲まないようにしようと思ったり、勉強だけが全てじゃないという父に反発を覚えたりしたけど、結局、今は人より沢山お酒を飲んでいるし、教科書には幸福になるための方法やお金持ちになるための手段など書いていない事に気付いてしまった。
襷を受け取って走り出した父を応援していた祖父は『彼は自分のセガレです』と大声で叫んでいたそうだ。父が笑いながら教えてくれた。祖父も誇らしかったんだと思う。父の葬式の時、叔父や叔母から父の少年時代の話を教えてもらった。父の兄弟も本当に仲が良かったんだと感じた。当時、どんな想いで父は2区の約20kmを走り、その後どんな想いで箱根駅伝を観ていたのか、今となってわからないままだけど。。。
よく考えると、僕は父と二人で酒を飲んだ事は多分二回くらいしかないと思う。一回は就職が決まった時、もう一回は子供が生まれた時だ。父は口数が少ない分、言っていることにある程度、重みがあって、今でも覚えているセリフが何個かある。
❶仕事をする上で大事な事は、人の悪口は言わない事だ。
❷末っ子のお前が社会人になってちょっと肩の荷が下りたよ。ずっと責任感感じてたから。
❸(結婚式前日、家族で参拝して御神籤で凶をひいた僕に)お前の不運は全部俺が引き受けるって、神様に誓ったよ。
❹俺はお母さんと結婚出来て本当に良かったと思ってるよ。お母さんはマドンナで俺は一目惚れしたんだ。
僕は父に叩かれたことは、一度もない。イタズラもしたし、反抗もしたし、腹の立つことは多かったはずだから、それは改めて、すごい事だと思う。僕は父が好きだったし、父も僕を愛してくれていたと思う。
明日の復路は交通整理のボランティアをしようと思う。箱根駅伝は、走ったランナーだけに限らず、その家族や、その将来の家族にも想い出として残る大会だ。どの大学を応援するとかじゃなくて、全てのランナーと沿道で応援している全ての人たちを応援したいと思う。
最近では箱根駅伝を観ていると、父の生きた時代やそれからの人生を想像しながら、観戦している自分に気付くことがある。こういう感じで、父から子へと人生は引き継がれていくのかもしれない。そして父も同じように、その当時やそれからの月日を感じながら、観戦していたのかもしれないと思うと、もう少し当時のことを色々きいておけばよかった、と後悔する。でも、最後に母と結婚出来て本当に良かったと言ってた父は、本当に幸福だったんだと思う。自分の人生観に大きく影響を与えた。
ビバ、箱根駅伝🍀
明日の復路も、みんながんばれ!!
o(`ω´ )o