映画「戦メリ」は私にデビッド・ボウイや坂本龍一さんとの出会いなど、数多くの宝物を授けてくださった。

 

映画にエキストラで出演した当時早稲田大学生だった舞踊家の柴崎正道もその一人。

彼とは昨年、教授の追悼のために40年ぶりに再会した。

彼は今も舞踏家として活動していて、NYやヨーロッパなどにも招かれて、かなりインテリなアーティストたちと舞台を作り上げている。

話をしながら、「立派な芸術家になったなぁ」と感慨ひとしお。

 

 

彼、シバは戦メリのロケ地で、坂本龍一さんからとても慕われていた。

帰国後も教授やアッコちゃん、美雨ちゃんはシバの舞踏を見に来て、絶賛していたそう。後日、「たまにシバの舞踏を真似してる」と坂本一家から連絡が来たというほどのお気に入りだったよう。

 

思い出話しをするうちに、彼の舞踏は、あのデビッド・ボウイにまで影響を与えていたことを知った。

ラロトンガのホテルのバーがディスコになったある夜のこと。デビッド・ボウイが突然、奇妙なダンスを踊り出したことがある。腰をかがめて、体をひねり、腕を奇妙に伸ばしたり、苦悩の顔をして見せたり。えええ〜?どうしたの?ステージ上のカッコいいクールなデビッドとはまったく違う身の動かし方。

「彼、クルちゃった?」と驚いてマネージャーのcocoに耳打ちしても、彼女は笑っているだけ。気取ったダンスとは全く違うデビッドの動きを見ているうちに、その型破りで自由で、地からエネルギーが湧き上がってくるような身の動きがなんだか気持ちよさそうに見えてくる。気づいたら、そこにいたみんながデビッドを真似し始めて、型破りに踊り始めた。まるで原始時代のホモサピエンスみたいに解き放たれて。もちろん、私も。

その話をシバにすると、「それ、俺のせいかも」とニンマリ。どうやら、私がその場にいなかったある夜、デビッドの前で、シバはお得意の暗黒舞踏を披露したという。デビッドはシバの踊りを褒めまくったそうだ。それから数日後の夜、デビッドのダンスは暗黒舞踏風の奇妙な動きに変わっていた、というわけだ。

 

 

ロケ地にはエキストラの身体障害者が多くいて、教授もデビッドも「異」なるものへの憧憬として、その人たちのモノマネをよくやっていた(笑)。

今思えば、あれはシバの舞踏のせいかもしれない。「身についた日常的で常識的な身体性の枠を破壊して自由になる」ことの面白さと重要さをシバの踊りによってあの二人は気づいたに違いない。

前置きが長くなった。

 

先の5月、柴崎正道の公演が行われた。

 


 

スペインから来日したフラメンコグループとの共演で、舞台のタイトルは「ORATIO〜西の祈り東の祈り」。

企画は、スペインで活動する日本人のフランメンコダンサー石川亜哉子さん。

パンデミックや災害、病や戦争などによって失われる日常・・・。そんな悲しみに遭遇し、落胆して祈るのは、西も東も同じ。この舞台では、二つの祈りが文化を超えて一つになっていく姿が描かれる。

 

 

シバは突然の死に出会った東の魂としての見事な舞踏を見せてくれた。

突然訪れた「死」という世界の中で道を探し求めてさまよう魂の姿を演じていた。どこかユーモアさえ含んだ軽やかな身の動きは、シバの個性そのものだ。

お坊さんが2名登場し、素晴らしい声明を上げるという独創的な構成が実に巧妙で面白かった。

 

 

西の祈りでは、スペインのダンサーたちが悲嘆に暮れているところに、日本のお坊さんが声明を上げながら通りすがる。その時に、うなだれるフラメンコダンサーの肩に経本をぽんと触れて立ち去っていく演出は実に巧妙だった。

 

この舞台を見ながら、教授の視線を感じる瞬間がなん度もあった。

「教授、それにデビッドもここに観にきている!」そう感じた瞬間、目に涙。

 

舞台が跳ねた後、シバにそれを伝えると、自分もそんな気がしたというから、おそらくネ!

 

「戦メリ」のロケ地で坂本龍一さんやデビッド・ボウイに愛された、現代舞踏家柴崎正道。現代舞踏家としての彼の活動をこれから楽しみにしたい。