書籍『工藝とは何か』。
手にした途端、あまりの美しさに、思わず笑顔がこぼれでる。
優しい手触りの紙。
頁をめくると時折現れる、赤い閉じ糸。
そして、美しいフォント。
塗師の赤木明登さんと服飾デザイナーの堀畑裕之さん、哲学する工藝家のお二人で、老僧やガラス工藝家などと対談を繰り広げる『工藝とは何か』。
一冊一冊が手作りなので、この本自体が、工藝そのものだ。
そしてこの一冊は、白磁の陶芸家、黒田泰三さんの魂に捧げられている。
私も黒田泰三さんに憧れていた一人で、90年代に黒田さんのアトリエを訪ねた身。
この一冊は私にとって大切なものになる、という予感を抱きながらページをめくる。
第一章は「黒田泰三さんに会いにいく」。
赤木さんと黒田さんとの出会いや伊豆アトリエを訪ねて黒田さんと交わした会話が、ポエティックな空気感でつづられている。
もののないシンプルで心地よいアトリエ。軒先に置かれたたくさんの白磁。黒田さんの静かな佇まい。切り立った崖の上の広い庭から眺める海の輝き。そこが日本ではなく、まるで南仏あたりにいるかのようにゆったりした時間が流れていた黒田さんのアトリエを思い出しながら、とても楽しく読ませていただいた。
私は先月の末に赤木さんに出会ったばかりだけれど、出会った瞬間に赤木さんの漆器のなかに、黒田さんの白磁に感じたものと同じものを見いだしてしまった。
余分なものを削ぎ落とし、「個」や「私」から離れ、遥かな時の流れを見据えながら創作されているような感覚。創作者の存在が「空」にあるような感覚。だからこそ、使う身に伝わる、奥深い美しさと温もり。
“森羅万象は、悉く「虚空」へ向かっている。”
“(工藝とは)言語を超えた世界へと冒険に出ていくような、営み。”
こうした言葉が、私のなかで呼応する。
第二章は、「工藝としての服飾」。
哲学の友である復職デザイナーの堀畑裕之さん、関口真希子さんとの鼎談では、工藝としての衣服やカントのお話しが大変面白い。植物の命から生まれる藍染の衣服をつくる堀畑さんと関口さんが「言葉を超えた世界」について形而上学的に話していくくだりはたいへん感動的。堀畑さんはこうおっしゃる。
工藝とは、「言いうるもの」に光を当て、あたかもその奥に「言いえぬもの」を見出そうとする営みではないか。
よい作り手は、そのぎりぎりの試みをしている。
言葉のぎりぎりのところで生み出されるものは、言いえぬものの世界を照らし出す、というお話は、工藝の奥深さと見えない世界を立ち上がらせるための大切な示唆そのもの。
三章は「禅と工藝」。
岡山の禅宗の老師との鼎談も興味深く読ませていただいた。
詳細は省くけれど、漆器には抗菌・抗ウィルス効果があると知って、やっぱり森は人間が必要とするものを与えてくれている!と感慨ひとしお。
そして、四章の「民藝の核心」に、ネパールにあるニンマ派のチベット寺院でチベット仏教を7年間学んだという方が登場する。
お名前は、荒谷啓一さん。荒谷さんは、今、京都で工藝ギャラリーを営まれている。ここからの紹介も省くけれど、次に京都に行く際はこのギャラリーに立ち寄るつもり。
たくさんの知的な刺激をいただけるこの貴重な一冊。
「工藝とは何か」を問いながら、近代文明の「津波」にのまれて私たちが失ってきたものは何か、が同時に問われる。
魂や精神性、人間以外の「外部とのつながり」など私たちが失ってきたものを浮き彫りにしながら、美とは何かについても問うていくこの一冊。
これからの工藝が、私たちが失ってしまったものを取り戻す大切な役割を果たしていくに違いないと思える、希望の書です。
購入は、こちらから。
https://shopping.matohu.com/shopdetail/000000000747/
青山ブックセンター・紀伊國屋オンラインショップでも購入できます。
(「睦世」は、私の本名です)
ちなみに、赤木さんはサウスポーでいらっしゃる。
左手に筆をとり、サインしてくださった書は、「観無慈有」。
「無いものを観て、有る物を慈しむ」。
消費社会に飲みこまれている時代に、なんて大切な示唆を与えてくれることか。
この書も、すでに私の宝物。
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ここから先は、二度目に展覧会場を訪れた際、赤木さんから伺ったお話のメモです。
赤木さんのお名前は漆の世界に生きることを約束したお名前ですね、とお伝えしたことからお話は広がった。
「僕がつけたわけではありませんが・・・。この登という字の下の豆は、供物を入れる高杯の象形文字なんです」
すでに名前に「器」「祭器」があり、神や祖先に供物をしんぜる行為が名前に秘められているということ。氏名は使命というけれど、間違いない!といたく感動。
そして、漆器の裏側のサインは、「明」の象形文字だと教えてくださる。
左へんの「日」は、実は窓から差し込む光の形を表したもの。
つまり、「明るい」とは月夜の晩に天窓から降り注ぐほのかな光をさすということだと知って、再び感動。
赤木さんがひとつひとつの器を手に取りなが説明してくださることで、一の椀、二の椀がセット、三の椀と四の椀がセットだということも初めて知った。
平安時代はおかゆが主食だったので、器が丼のように大きかったそう。
江戸時代になると庶民がお米を食べられるようになり、器の形が少し小さくなる。
そして、お米離れの現代は、器はずいぶん小ぶりに変化した。
昔のお椀は底が厚手で、ちょっと手に重い。
現代の日常使いに合わせて、今のお椀は底を薄くし、軽くしているそうだ。
赤い漆の奥から黒い漆が浮き上がって見えるのはなぜ?と問うと、赤は流れやすい漆で、流れたところから下の黒塗りが見えてくるという。
驚いたのは、美しい赤い漆は実は皇室でしか使えなかった禁色だったそう。
そして、江戸時代になると、庶民が皇室御用達の赤い漆に憧れて、赤い漆を真似てベンガラ塗りを生んだ。ベンガラは、柿を思わす渋めの朱色。その落ち着いた渋い朱色は、どうやらベンガラに含まれた鉄分からくるようだ。
「僕は黒塗りも好きなんです。黒の中から白が浮き出てくる」
黒塗りのお椀を覗き込む。すると、何度も塗り重ねられた漆黒のお椀の底から、淡い白銀の光がうっすらと放たれて、とても厳かで美しい。
お椀の素材は、欅。
厚みがあってちょっとぽってり感のあるお盆は、楢の木でできている。
そして、30~40cmほどある大きな片口の器(お酒を入れるには大きすぎるから謎だった)は汁物を入れる器で、昔、みんなが集まってお膳で食事をいただくときに、その片口の器からそれぞれの汁椀に注ぎ入れていたと教えていただいた。
日本人なのに知らないことばかりで、愕然としてしまう。
時代によって器の形状も塗りも変わってきたということは、身近にある器から日本人の暮らし方や心の変遷が読みとれる、ということ。それは、私にとっての新しい発見。
そして、私が求めた赤椀が出来上がるまで、およそ2年がかかっているそう。
もちろん、欅が育ち切られるまで、そして漆の木も合わせれば、数十年もの年月がかかっているのでしょうが。
赤木さんは、会場にある大きな器を指さしてこうおっしゃった。
「あの大きな器は、ある職人さんのご先祖が残してくれた木を使ったものなんですよ。孫の代にようやく器になった。三代の時間が流れています」。
ということは、木の生命も考えると、ゆうに数百年は経っている・・・、と思った瞬間、私の意識は、途方もなく広々した空間に旅に出る。
能登半島を襲った地震について伺うと、職人さんたちが住まいをなくし、金沢に家を借りて住んでいるそう。その職人さんたちは全員女性なのだそう。
「不要なものがなくなって、光だけが残った」とも赤木さんはおっしゃる。
「破壊と創造は同じもの」だとも。
樹々の生命力が漂う森と化した会場で、赤木さんはこのように大変貴重なお話をしてくださった。
丁寧な暮らしについて考えていた折りに出会った赤木さんの漆器。
本物の漆器に出会えたことで、この頃の食事が一つの小さな儀式となった。
赤い漆のお椀で食事をいただき、さまざまなものへ想いを馳せて、感謝と共に合掌する日々。
森からもたらされ、よき工藝家によって生まれた器が授けてくれる恵みと、私のなかで始まった新しい営みは今日も新鮮なまま続いています。