最近、認知症になった母のことをブログで書いています。
母は苦労して生きてきた人です。
そして苦労しながら私を育ててくれました。
ですが、私は両親がとても嫌いでした。
あんな大人達にはなりたくない、、、と感じながら生きてきました。
だから私は、両親には絶対に甘えませんでした。
しっかり自分で生きる、と決めていたからです。
それが私の反抗でもあったのです。
そんな娘に、母は心を痛めていたに違いありません。
私は母に心を開かない冷たい娘でした。
だから、私の方から連絡することもなく、、、
それでも母は時々、遠くに住む娘の私を案じては電話をしてきましたが、
そっけない娘の応答・・・。
「元気で良かった!」と言っては、母は電話を切ったものです。
そんな年月が過ぎてしばらくして、徐々に母からの電話が少なくなってきました。
あれ? 最近、とんと母からの連絡が途絶えている・・・。
もしかして・・・、連絡が途絶えているのは、連絡が出来なくなってきているのかも・・、と思いました。
そう、痴呆です。
周りの友人達から親の痴呆や認知症の介護の苦労話を耳にしていましたので、
もしかして・・・と思ったんです。
思ったとおり、母が軽い認知症になったと連絡が入りました。
久しぶりに会う母は、まだ娘の私を認識することが出来ましたが、
その後しばらくして会ったときの母は、認知症が進み、私が娘だとは認識することが出来なくなっていました。
「私はあなたの娘ですよ」と言っても、「うっそぉ!」と母は言うんです。
私は母に抱きついて、おいおいと泣きました。
母の変貌ぶりに、私が娘であることをもはや、わからなくなっている・・・と強く感じました。
そんな母を見て、これまで苦労して娘を育て、そんな娘から冷たくされても愛し続けてくれた母へ、
どれだけ冷たい娘で親不幸ものだったかを思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
ぼろぼろと泣きました。とめどもなく涙が流れました。
申し訳なかった・・・と。
そんな母を連れて温泉へ行ったんです。
母はすでに3歳児に戻っていましたから、お風呂に入っても一人で自分の体を洗うこともできません。
母の体を洗いながら、私は泣きました。
洋服を着せてあげながら、また泣きました。
トイレも一緒に入って欲しい、と言います。
歩くときは手をつなぎます。
私は、心底母が愛おしいと感じました。
そして、モーレツな後悔と懺悔の気持ちが込み上げてきたんです。
なんでもっと早く優しくして上げなかったんだろうっと。
母が私を娘だとわかっているときに、もっと優しくしてあげれば良かった・・・と。
母を大切にしてあげれば良かったと。
ごめんなさい・・・。
認知症になってからでは遅いんですもの。
今になって私は母へは電話をしているんです。
声が聞きたくて、電話をしているんです。
「私がわかる?」と言うと、
「わかるよ」と母が言います。
母が愛おしい、、、母を愛しています。
親不孝の娘が今さら言えたセリフではありませんが、
でも、私は今の母が愛おしいんです。
これから精一杯、親孝行していこうと思います。
今日一日、ありがとうございます!