言動は形を変えて自分に返ってくるのに ~大津中学生自殺事件に係る教委の態度について | 啖月会館MAXIMUM

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「ことば」について色々な角度から眺めつつ、
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 2012年7月現在、連日マスメディアで取り上げられている『2011年滋賀県大津市での中学二年生男子自殺に係る事件』の外縁部分に関し少しだけ。
(事件そのものについては、専門家や関係者が全貌解明に全力傾注している現在、門外漢が触れることではないと思うので今は黙して語らず)

 当初、大津市教育委員会がアンケート等の調査結果でいじめがあった事は把握していながら、自殺との因果関係について
「関連性があるとは言えない」
と言っていたそうですが(今2012/07/13現在も言い張ってるのかな、確か)、この件で教育委員会に多少過剰な社会的制裁が加えられたとして、仮にその結果関係者が命を絶つような事態になったとしても、
「社会的制裁と自殺について関連性あるとは言えないんだろう、教委の論理からすれば?」
とニヤニヤヲチされるのが目に見えるんですけどね。

 今から3年前にあった汚染米事故の時にも、官側から
「性善説から不正はないと信じていた」
なんて、愚にもつかない主張がありましたが、
ちょっと考えれば論理を利用されて逆ねじ食らわされるのが容易に想像できる主張(というか言い訳)
をするところに、問題を問題視できてない、責任逃れや保身のみ考えている事が見て取れるわけで。(その事が逆に傷口広げるってのも想像つかないんだなぁと呆れるだけです)

 重い責務を承知の上でそのポストについてるはずなんだから(だからこその権限付与・高給付与なわけだし)、きちんと責任持って業務に従事して欲しいと思います。

※ちなみに汚染米に関する主張に対しては
「なら性善説信じて、酒造や煙草栽培も自由化してみせてよw」
って言ってやるつもりでした。