時世事(仮)。
一日過ぎてしまいましたが憲法記念日にちなみ、『君が代』不起立問題について。
(関連記事はコチラ)
学校の先生の中の“ある一部の方々”において、『君が代・日の丸』に対し
「軍靴の足音が聞こえる」
という事で過剰に反応される方が居られるのは、色々なニュースや動向で皆様もご存知かと思いますが(関連記事と“同じ入り”なのは気ニシナイ気ニシナイ)、
その主張についてザックリ突き詰めて解釈してみると、イコール
『“実力の行使”をもって、
主義・主張を通す事はよくない』
って事を仰っていると捉えて、ほぼ間違いないかと。
・・・
“式典等での君が代不起立”
って、イコール
『“実力の行使”をもって、
主義・主張を押し通す』
の何物でもないと思うのですが。
「実力の行使をもって
『実力の行使をもって主義・主張を通すのはよくない』
という主義・主張を通そうとする」
って…。
“言行不一致による説得力のなさ”については述べるまでもないと思いますが、ここまで一貫性がないどころか、真逆とも思われる言行については説得力云々どころではなく、もはや『妄言』として取り扱われても致し方ないレベルじゃないかと感じます。
ここで『君が代・日の丸』に対する私個人の考えを述べるつもりはありませんし、『“君が代・日の丸”を是としない事』への是非を問うたりもしませんが、こと“不起立による意思表示”については、上述の『破綻しすぎな言行』ゆえに支持するわけにはいかないと思います。
まして『実力の行使不可』という主義・主張の一番の胆の部分に反する行動なわけなので尚更です。
主張の是非はともかく、少なくとも言ってる事とやってる事の整合性が取れていると感じられない限り、誰も耳を傾けようとはしないと思いますので、その辺りキチンと見直すべきなのではないでしょうかね。
加えて、教育現場に立つ者であるならば、児童・生徒に与える教育的影響も考え、なおの事言行一致は心掛けるべきだと思います。
(これからの社会を担っていく若者たちに「言ってる事とやってる事が違ってもいいんだ」なんて思われていいかどうかについては、問うまでもないですよね?)
記事タイトルと記事内容に多少の乖離を感じるるものの、こんな感じで今回の記事は終わりです。
(ホントは卒業式シーズンに取り上げるつもりだったのに、遅れに遅れてしまいました。ちなみに、大阪での君が代条例成立よりも数年前から考えていたことでありますです、ハイ。)
※これが
「ほら、力づくで主義・主張を通そうとする事はいけないでしょ?」
と身体張って実証しているのだとしたら、
『見事なレトリック!』
と称賛せざるを得ません。
しかし、これまで私自身が対峙したこういう手合いの方たちの内の、『主張と手法の乖離が見られる方』との接触経験と照らし合わせてみて、『敢えて主張と乖離した手法を実践している方』やそうではないにしても『その乖離に自覚的であった方』に出会ったためしはありません。
そこから推し測って、『不起立』という態度を選ばれている方についても…。