2/17 説教内容「献金について」 | つれづれぼへみあん~私の道を歩いていこう~

つれづれぼへみあん~私の道を歩いていこう~

ここは、私〈るか〉がその時その時の思いを中心に綴るところです。

2006年夏に【混合性不安抑うつ反応(適応障害の一種)】と診断されましたが、

2007年春に【統合失調症】へ診断名変更となりました。

・・・その後【双極性障害】と診断されました!

昨日は礼拝に出席しましたひらめき電球


ベル2/17の説教ベル

 「献金について」
旧約聖書 申命記16章16-17節
新約聖書 ルカによる福音書21章1-4節

●イエスさまは、献金とはその人の生き方の表れであるととらえておられます。
 今回のルカ福音書の箇所では、貧しいやもめが全財産を神さまに捧げた場面が描かれています。
 このやもめは、日頃から神さまを信頼し、恵みに感謝して献金しました。

●ところでこのやもめのように全財産を献金したら生活していけないと思われるのではないでしょうか?
 神さまは私たちの生活をわかって下さいます。
 私たちの生活に責任を持って下さるのです。
 私たちは自分の生活に必要なお金やものを確保して良いのです。

●自分の欲望を求めるより、神さまを信じて受け入れましょう。
 お金は神さまから預かっているものです。
 神さまの御心にかなうお金の使い方をしましょう。
 私たちの本当の主人は神さまです。
 神さまの御心にそって生きていきましょう。

●神さまの思いと私たちの生活とにはギャップがあります。
 神さまの御心にそった生き方を、「それはムリです」と言うのは人間的な考えです。
 「神さまの御言葉を信じよう」と言うのは神さまの側に立った考えです。
 これが信仰です。
 お金やものをたくさん持っていても、神さまの御心にそわない生き方をするなら、虚しくなります。

●洗礼を受けるとは、自分の生活を神さまに捧げる(献身)ということです。
 そして、私たちは礼拝の度に献身の確認をします。
 献金は、①献身のしるしと②日頃の恵みに対する感謝―として捧げます。
 献金は、私たちの信仰の表れであり、喜んで捧げるものです。
 私たちが持っている(預かっている)ものは全て神さまのものです。

●献金には、①私たちの自発的な自由な献金と②神さまに求められて捧げる献金とがあります。
 後者は、教会を通して気づかされることが多いです。
 たとえば、会堂建築や新任牧師のためにお金が必要になります。
 こうして、みんなで恵みを喜んで捧げる心が育ちます。
 これは聖霊の働きかけによるものです。
 献金は支出ですが、人生の支出(マイナス)ではありません。
 私たちは、神さまの祝福とつながってますます豊かにされるのです。


…つたない文章ですみません(;^_^A
説教の内容を適確にわかりやすく伝えていけますように努めていきますパー

みなさんに、神さまの祝福となぐさめとが豊かに与えられますように☆