突然だが”変”とはなんだ?
普通ではないことはわかるが、、、
辞書を引いてみた。 結果↓
妙 変てこ 風変わり 型破り 奇怪しい 異様 異状 奇妙 奇異 奇抜
奇矯 奇怪 珍奇 珍妙 特異 突飛 不自然 グロテスク ⇒ 突飛
こんな感じになりました(笑)
いやー、ここまで変な言葉が並ぶとそれだけで笑えるねw
好きな言葉ばかりですょw
んで、ちなみに”変人”となるとこうだ↓
言動や性格に普通の人とは変わったところのある人。変わり者。「奇人―」
ようは普通の一般人とは何かが違っている人のことなんだが、
これはダメな人という意味でもないし、悪い人という意味でもない。
ただ、マイノリティーなだけだ。
日本人は皆と同じがよいという傾向が強い民族だと思う。
だから、多くの人の平均値からはみ出すことを嫌う傾向にある。
でも、俺は多くの人の平均値の中になど入りたくはない。
良くも悪くもはみ出したい(笑)
俺の中では変人はアイデンティティーが強く個性的な人という認識。
だから、俺の中では変人はとても魅力のある人。
先日もアロマを販売する会社の女性社長と飲みに言って、そこで
ビジネスのブレストをしたのだが、その女性社長は自ら「私は変人~♪」
ってフリつきで踊ってましたょw
すごい魅力がある人であることはわかっていたんだが、知れば知るほど
魅力があふれ出てくる。
噛めばかむほど味が出るスルメのような方である(笑)
↑最上級の誉め言葉ですw
俺は固定概念無視が座右の銘であるからして、固定概念にしがみついて
いる人には魅力を感じない。逆に自らの概念すらもぶち壊していくような
人に魅力を感じる。
だから、俺は「普通だね」といわれたら俄然凹む(笑)
「普通だね」といわれることのダメージはでかいょw
多分、起業家なんて普通の人はいないから俺と同様に「普通だね」とか
言われたら俄然凹むんぢゃない?(笑)
逆に何気に自分のことを普通の人だと思っている人に限って、
自分がわかってないだけで、めちゃめちゃ変人だったりすることもある。
なのに変に見られることを嫌う日本人。
感性の解放ができていない証拠だ。
これらの写真を見てもらいたい。
アメリカで年に一度おこなわれるバーニングマンに参加している人々だ。
wiki=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%B3
普通の人は皆無だ。
そして、開催期間中にココに住む人達は完全に”変”だw
普通の人は見受けられない。
そして、そこにいる”変”な人達が作り出すモニュメントなども
見たことがないような”変”なモノばかりだw
でも、感性が開放されている人が作ったモノだから、
それを見て、触れた人の感覚に直に訴えかけてくる。
これらの”変”なモノは完全に芸術として認知されているのは
上記のような理由があるからだと思う。
話を戻す。
”変”になりたくないという人も当然いるだろう。
しかし、”変”になりたくないということは今の自分の固定概念にどっぷりはまり、
今の自分から脱皮することができない状態だ。
脱皮しないということは、今の殻以上の自分にはならいことをあらわしている。
自分の殻を脱げば脱ぐほど成長できるのに、脱がないければ成長はしない。
変な人が人間力にあふれ、人間的な魅力を持ち合わせているのは、
自分の殻をぶち壊し、常に脱皮を繰り返し、自分の殻を大きくしているからだ。
以前、自然に習えという記事を書いたがここでも同じことが言える。
なぜ、蛇が脱皮を繰り返すのだ。
なぜ、蝶はさなぎの殻を破って成虫になるのだ。
よく考えてみてもらいたい。
これだけは声を大にしていいたい!
頭でっかちな人は決まって、やることなすこと、意味や理由を求めたがるが、
実際、理由や意味にたいした意味はない!
無意味に、無駄に笑っている人も変人に分類されるとは思うが、
それは自分の殻をやぶる一つの方法なんですょ。
んぢゃ、
殻をやぶって成長スピードを上げるために今日もガハガハ笑っていきますか(笑)
ガーッハッハッハッハッハッハッハー