北九州市の家族葬、直葬、僧侶派遣、人形供養、遺骨管理は九州もんじゅ会にお任せ下さい。 -21ページ目

北九州市の家族葬、直葬、僧侶派遣、人形供養、遺骨管理は九州もんじゅ会にお任せ下さい。

北九州で活動している。九州もんじゅ会の代表の大木が葬祭業や仏教の世界などここでしか見られない写真や家族葬、直葬、人形仏壇供養、遺骨管理などの情報を公開しています。

皆様こんにちは


お盆休みはゆっくり出来ましたでしょうか?


お盆と言えば、お坊さんが一年で一番多忙な時期です。


九州もんじゅ会にも沢山のご依頼を頂きました。


天候や交通状況など心配でしたが、大きなトラブルもなく


全僧侶、無事にお参りを終える事が出来ました。


ご依頼頂いた喪主様、当会のお坊さん達、そして仏様


全てに感謝致します。ありがとうございました。


話は変わりますが、私、Facebookに登録しました。


随分前から知っていたのですが、


あまりよく理解出来ていませんでしたので


敬遠していました。Facebook上で「木村 俊一」と


検索すれば出てくると思います。


また同時に九州もんじゅ会のFacebookページも立ち上げました。


Facebookをご利用の方がいましたら是非ご参照頂ければと思います。


そして「いいね」を頂ければ幸いでございます。


懐かしの友人なども自動で出てきたりして


Facebookって凄いですね。


もっと早くから利用すれば良かったなぁ(*^.^*)





九州もんじゅ会Facebookページ

https://www.facebook.com/monjukai



69年前の8月9日長崎市に原子爆弾が投下されました。


本来の第一目標は北九州市の小倉でした。


前日の八幡空襲の残煙の影響で第二目標の長崎市に変更となりました。


もし小倉へ投下されていたら私の祖父、祖母にも影響があり


私の父も私もこの世に存在していなかったかもしれません。


そして私の母方の祖母は長崎市出身です。爆心地からかなり


遠方に住んでいましたので被爆していませんが原爆手帳を持っています。


母方の祖母に当時の話を聞いた事があります。


祖母の話によると天地がひっくり返るぐらいの物凄い音と突風がしたそうです。


しかしラジオ放送では米国の新型爆弾が投下されたが影響はないと


言っていたことを鮮明に覚えていると言っていました。


母方の祖父は徴兵で鹿児島へ行っていました。終戦後に分かった事ですが


祖父が配属されていた部隊は神風特別攻撃隊でした。


しかしぎりぎりの所で終戦を迎え祖父は特攻隊として飛び立つことはなかったそうです。


私は戦争を知らない世代ですが祖父祖母の話を聞いたり


様々な資料を見たりして私達の先輩がとてつもない苦労をされた上で


今の平和があると感謝する気持ちでいっぱいになります。


そしてご先祖様の血が絶えなかったから今こうして自分が生きているのだなと実感しています。


今日は原爆で亡くなった方へ黙祷を捧げ、少し思いを馳せてみました。






同じ九州地方でとても残念な事件が起きました。


日本中を震撼させる驚きの事件です。


未成年の殺傷事件で思い出したのは


平成6年に中学生が起こした神戸連続児童殺傷事件です。


別名、酒鬼薔薇事件とも言います。


あの時も日本中が震撼し誰も理解出来ない大きな事件でした。


子供は大人より感性も豊かですし脳も軟らかいので環境にも敏感に反応します。


私は日本社会の闇を反映する大きな事件だと捉えています。


心の闇は人間である以上何方でも持っていると思います。


私の言う闇とは仏教で言う「煩悩」のことです。


人が人である以上、煩悩からは逃げられません。


この事件の加害者である女子生徒の供述では「殺してみたかった。」


「遺体を解体してみたかった。」など好奇心からの犯行のようにも伺えます。


肥大した好奇心はここまで人間を変えてしまいます。


普通の人は理性が働きますがなぜ女子生徒は理性が働かなかったのでしょうか?


この女子生徒は裕福な家庭環境だったようです。


学校の成績もトップクラスでとてもお母さんと仲が良かったようです。


しかしそのお母さんとも死別してしまいます。


私はお母さんとの死別が大きなターニングポイントだったのではないかと思います。


心の拠り所を無くした女子生徒の心は次第に元々持っていた心の闇に


飲みこまれてしまったのではないかと思います。


女子生徒の異常な行動には前兆があったようです。


高校生で一人暮らしをさせるぐらいの関係からすると肝心のお父さんは


娘さんにあまり関心がなかったのではないかと思います。


私は日々思う事があるのですが、世の中便利になり過ぎて


現実のリアリティが欠けているのではないかと思います。


私が言う現実のリアリティとは自然の法則の事です。


私たち人間は大自然の中で生かされている事に感謝しなければいけません。


そして自然の法則の中で生きていく中で逃げられない苦しみもございます。


仏教では四苦八苦として説かれています。


四苦は生、病、老、死に加えて八苦は


愛別離苦(あいべつりく) 愛する人と別れる苦しみ


怨憎会苦(おんぞうえく)恨み憎む人と出会う苦しみ


求不得苦(ぐふとくく)求めるものが得られない苦しみ

五蘊盛苦(ごうんじょうく)人間の肉体と精神がおもうがままにならない苦しみ


このように現実からは絶対に逃れようがないのです。


現実から目をそらして生きるのか、向き合って生きるのかの選択は


ご自身の人生の選択になるのでしょうが。まだ未成年の子供には


この自然の法則の中で生かされている事を教える必要があると思います。



お化けって信じる? ブログネタ:お化けって信じる? 参加中

私は信じる 派!


本文はここから

今回はブログネタから記事を書いてみようと思います。


この手のお話は今まで沢山聞いてきました。


まず仏教宗派で霊魂の存在を認める宗派と認めない宗派がございます。


これは各宗派の教義から成り立っています。


人があの世と繋がる時間帯は睡眠時と聞きます。


そしてあの世での体験を夢として見る事があるようです。


正夢や悪夢などあの世との関係が深いのではないかと思います。


とは言いましても全ての夢があの世と関係している訳ではないようです。


私は2011年11月にご縁あって宮城県石巻市へ伺った経験がございます。


石巻市は東日本大震災の被災地です。


その時の様子も過去記事にしていますのでご参照ください。

  ↓
視聴活動


過去記事には書いていませんが被災地の方から


被災の体験談や生活状況などのお話を沢山聞きました。


そのお話の中で幽霊が沢山出ると言うお話もありました。


内容は夜になると津波が押し寄せた海岸から無数の光が見えるそうです。


そして誰も居ないはずの深夜、大勢の人の足音が聞こえてきて眠れないとの事でした。


これは津波に飲まれ亡くなった大勢の方々の霊魂だと思いました。


ご自分の死を受け入れる間もなく亡くなった方々が彷徨っているのでしょう。


被災地の方からはお位牌が欲しいという声も多く聞きました。


お葬式もない、お墓もない、遺骨もない状況でせめてお位牌を作って


供養したいというお気持ちが強かったのだと思います。


お坊さんはお葬式で読経をします。そして亡者に対して引導を渡します。


この引導がとても大切な事だと私は思います。


つまり亡者に死を受け入れてもらう儀式です。


そして仏教徒として彷徨う事なく歩む道筋を教えてあげるのです。


そして故人は生前の業を背負って四十九日間の道を歩き始めるのです。


私は霊魂や死後の世界はこれまでの経験上、確実にあると思っています。


霊魂や死後の世界の存在を議論する意味はないと思っています。


なぜなら答えは出ないからです。しかし霊魂や死後の世界を信じて生きるのと


そうでないとでは大きく生き方が変わってくるのも事実です。


私はこの世とあの世は表裏一体と思っています。


つまりあの世とは身体の呪縛から解放された状態です。


脳の制御が外れますので心の状態が剥き出しになります。


その心の状況を作るのは生きているうちにしか出来ません。


最後に自分を裁くのは自分なのです。


どれだけ自分の心と向き合い正直に生きれるかが


とても重要な事ではないかと思います。


最後にお化けと言うとおどろおどろしい印象が強いと思いますが


如何にも恐ろしい者のようにメディアが報道する影響が強いだけです。


実際はそんなに恐ろしい者ではないと思いますよ。


お化けって信じる?
  • 信じる
  • 信じてない

気になる投票結果は!?

お盆が近づいてきました。


初盆やお盆参り、施餓鬼供養など


お坊さんはとても忙しい時期となります。


お陰様で当会にも沢山のご依頼を頂いております。


今回はお盆の由来を書いてみたいと思います。


お盆の正式名称は盂蘭盆(うらぼんえ)と言います。


これは、インドの「ウランバーナー」という言葉を


「盂蘭盆」という漢字に音写した名称です。


「ウランバーナー」とは「逆さ吊りの苦しみ」という意味で、


『盂蘭盆経』という経典が典拠となります。


「逆さ吊りの苦しみ」とはどういう事でしょうか?

お釈迦さまの十大弟子のお一人に「目連尊者」という方が居ました。


目連は十大弟子の中でも神通第一と言われています。


その神通力を使って、亡くなったお母さんが


どのような世界に生まれたのかを透視してみた所、


餓鬼道に生まれて苦しんでいました。


とても驚いた目連は急いで餓鬼道に行き、


水や食べ物を母の口に入れると


火に変わって口の中やのどを焼きます。


どうしたら良いのか分からなくなり、目連はお釈迦様のところを訪ねます。


お釈迦様は「すべての恵まれない餓鬼に施しをしなさい。そうすれば、


母の所にも行きわたる。インドの雨季に行なわれる僧侶の修行期間が明ける


旧暦7月15日に、僧侶全員に食事を施し、全僧侶の神通力を


もってお母さんを救いなさい。」と教えてくださいました。



目連尊者は、お釈迦様に言われた通りに、


修行明けの僧侶に食事を施し、


全僧侶の神通力を以ってお母さんを餓鬼道の


世界から救ったというお話が経典に書かれています。


この話しに基づいて、盂蘭盆という仏事が生まれました。


とっても恐ろしいお話ですね。


これは人間の根本的な煩悩である三毒「貪・瞋・痴」の


貪(とん)の心から生まれる。地獄のお話だと思います。


お釈迦様は餓鬼道という地獄を見たのはあなた(目連)の


心が見せたのですよ。と教えたかったのではないかと思います。


私はこの世とあの世は表裏一体であると考えます。


仏教が説く六道「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天」のどの道に


行くかはあなたの心次第だとも言えると思います。