今朝は、いそいそとサンタさんに手紙を書く娘。
そんなルンルンの娘とは反対に、母にとっては12月は別れの季節。
今日は、数カ月日本に滞在していたアメリカ人の恩師との最後のランチでした。70年代、大学卒業後、半年だけ語学学校にて日本語を学び、その後はチューターを付け、今でもブラッシュアップを図る日々。若かりし頃は、日本の国立大学で日本語で教鞭を執っていた時期もあります。
物腰が柔らかくて、いつもニコニコと穏やかな表情の恩師。
日頃、母との会話は英語ですが、たまに織り交ぜる日本語が美しくて、彼の日本語を聞くと、改めてこの言語の持つ美しさに気付かされます。
会話の中心はいつも「教育」と「言語」について。
特に、9歳の娘が辿るバイリンガルへの道と、そしてこれから選択すべく教育の道に対して、とても関心を寄せてくださっています。
日本での英語の学び方。
良いチューターとの出会い。
これが非常に大事だと仰います。
そして出来れば、その国の「文学」をチューターと一緒に味わってほしいとのこと。 自分の専門分野である社会科学系の文献は簡単に読めても、難関だったのは「文学」。特に描写表現を日本語で味わうことはなかなか一人では難しく、そんな時に、チューターと一緒に味わう三島由紀夫の作品が、心を掴んだと笑う彼。文学は、世界が広いだけにそこに付随する語彙の範囲も広く、言語を学ぶにはうってつけだと微笑みます。
学校の勉強、英語の勉強だけでなく、スポーツ、ボランティア、委員会などを含む課外活動など。自分が一生懸命になれることを見つけて、精一杯楽しむこと。長い間、アイビーリーグをはじめとする様々な学生たちと真剣に向き合ってきた恩師が見てきた「大学」という場所は、長い人生の通過点。決してゴールでもなければ、スタートでもない。今までがあって、大学がある。そんな話が、とても印象的でした。
「そろそろ、君とよりもYuzyちゃんとメールのやり取りができるかな?」
そんなことを茶目っ気たっぷりに仰る恩師。
迷った時、母が何度もしてきたように、そろそろ娘がPCに向かう日も近いのかもしれません^^