こんばんは、アラフォーこじらせ系主婦のあやこです
今日は眠いですが、しかーし、一日一つはなんらか文章を書くことを心に決めているので、今日も筆をとりました(パソコンを開けました)。
今日あった、いろいろなことを書くのが良いのか、それとも、頭の中でぼんやりと考えたことを書くのが良いのか・・・
1.今日はお天気も良く、暖かい日だったので、家族で水族館へ出かけたこと
2.水族館へ出かける前に、洗濯物を干しながらふと頭をよぎったこと
きっと、今が眠たくないのなら、1を書いて、その後2に繋げていく長い文章を書いたことでしょう。
でも今はそれをしていたら、明日に差し障るので、大事なことだけ。
これは私の備忘録のようなものなので
『思考が先、現実があと』
これは、とってもマニアックですが、ミナミ・A・アシュタールさんという二人組の、スピリチュアル的なことをたくさん書いている方が、本などに書かれたり、動画でもさんざん、耳タコになるくらい言われているコトバです。
今日、洗濯物を干しながら、ふと、自分の歳を考えたら、今からライターや作家になることなんて、ちゃんちゃらおかしい、馬鹿げた、非現実的なことだ、と思ってしまったのです。
私は今、44歳です(ぶっちゃけ)。
20代半ばから後半にかけては、小説講座に通っていましたが、30歳手前で辞めて、結婚して、産休育休の9ヶ月を除いては36歳までフルタイムで働いてきて、そのあとはただの子育て専業主婦。その間、特になーんにも文章修行なんてしてこなかった。
その間に、頑張っている人は夢を叶えたり、新しい道に進んだり、いろいろしていたんだろうな。私はといえば、ただ子育てと家事と、ダラダラすることに明け暮れてたんです
本だって、1年に数冊読めば良いところ。だめだこりゃ。
って、自分が自分を諦めようとする思考が、ぼんやりと浮かんだんです。
その時に、同時に思い浮かんだのが、さっきの
『思考が先、現実があと』というコトバです。
思考が現実を作るのなら、私がこんなふうに思ったら、その瞬間に、そうなる人生を選んでしまっていることになる。
でも、44歳だろうが50歳だろうが、75歳だろうが(急に飛んだ)、今この瞬間に、「こうなりたい」と思うものがあるのなら、その思いを持ち続けることで、現実がついて来る。
過去がどーのと縛られ続けていては、未来を生きることはできない。
今この瞬間が一番若いのだから、ここから現実を作っていけばいい。
そんな思いが、ぐうっと頭をもたげてきたのです。ありがとう、私の思考さん
だから今ここに、忘れないように書いたということです。
それでは、おやすみなさい
明日も、忙しい一日になりそうですが、「心を亡くす」と書いて「忙しい」なので、いそがしくとも、心は豊かに、楽しく過ごしていきたいと思います