3月27日
つげ義春さんが亡くなられたというニュースが入ってきました。
ご高齢だった上に、既に1980年代くらいからつげさんは新しい作品を発表されてなかった。だから、さほど驚きはしませんでした。そういえば少し前に唐さんが亡くなられた時も同じような思いだった。もうそろそろかもしれないなという予感がありました。ただ、唐さんは72歳の時に大きなケガをされたせいで、無念にも活動が出来なくなってしまわれたが、その直前までずっとエネルギッシュでかっこよかった。相変わらず凄い人だなと思い続けてました。対してつげさんは40代にして自らほぼ表立った活動を辞めてしまいました。常に時代の横っ腹に風穴を開けようとし続けた唐さんと、世間からは常に身を引いていたつげさん、一見、動と静、ポジティブとネガティブ、対照的に見えるおふたりですが、僕にとっては実は共通点は多い。同じカードの表と裏とも思えるくらい。つげさんも実は過激だったと言えないだろうか?
僕が、つげさんの作品に出会ったのは高校生の頃、京都の一乗寺にあったダウンホームというジャズ喫茶だった。
仄暗い地下にあったダウンホームにはガロが全巻揃っていて、暇な時に読み漁ってました。ガロは他に無いユニークな漫画本だったが、その中でもつげさんの作品は突出してました。
実は、この建物の上には京一会館という安くでおもしろい作品を観せてくれる映画館もあった。ATGや日活ロマンポルノなど、なんといってもつげさん以上に僕が致命的な影響を受けた作品「任侠外伝玄界灘」との出会いもここでだった。
しかしながら僕が大学を卒業して京都を離れると、まもなくダウンホームも京一会館も姿を消してしまった。当時、こういった場所、そして何よりつげさんや唐さんのような才能自体がもしなかったら、と考えると、僕の人生は少しつまらないものになっていたのかもしれない。当時から世間の流行りに馴染めなかった僕に、果たして自分にとっておもしろいものとは一体全体何なのか、そのヒントを教えてもらったように思えるからです。例えば、郷愁からくる強烈な哀愁だとか、貧しくて汚く猥雑なところでこそ際立つ美しさ、幻想性、笑いから、見えないものわからないからこそのおもしろさなどなど。これらはまるで心地の良い呪縛であり、沼である。
その故か、今だ僕はそんなものをヒントにして何がしかの新たな自分にとっておもしろいものを模索し続けてる次第です。
つげさんにかかわらず、刺激を受けた方々には感謝したい。
ありがとうございます。
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