7月20日 | monroewalk2ndさんのブログ

7月20日


何故だか其の頃わたしはみすぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったり、がらくたが転がしてあったり、むさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが好きであった。雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、と云ったような趣のある街で、土塀が崩れていたり家並みが傾きかかっていたり、勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくりさせるような向日葵があったりカンナが咲いていたりする。時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、其処が京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎、そのような市へ今日自分が来ているのだという錯覚を起こそうと努める。


これは路地裏徘徊の心象を表現した梶井基次郎の名作「檸檬」の中の一節で、つげ義春さんも「近所の景色」という自身の作品の中に引用しています。この文章を読むだけで散歩している気分になりますが、この作品の魅力は他にあります。


常に憂鬱を抱え込んでいる京都に住む主人公が徘徊の途中、寺町二条の八百屋でレモンを買います。そのレモンのお陰で楽しい徘徊が出来るわけですが、厳密に言えばそれはレモンでなくても良いし、何も無くても良い、梶井基次郎流の散歩術、価値観の発見です。


錯覚が成功しはじめると、私はそれからそれへ創造の絵の具を塗りつけていく。なんのことはない、私の錯覚と、壊れかかった街との二重写しである。そして私の中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。


永井荷風も言うように、路地裏徘徊者の行き着く先は自失かもしれませんね。





商品案内


Tシャツを3枚、どれもあじがあると思います。






各4500円+tax





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