前回の記事で、呉智英についてまた書くとしましたが、竹田関連のネタで一つ書き残した件があったので、先にそれを取り上げます。
これまで散々こき下ろした竹田ですが、いいことも言っているので、少しは褒めておきましょう。
在日韓国・朝鮮人への「虚構の差別発言」のフォローのつもりか、「在日は日本の宝だ」と言っているのです。
「宝」とは褒め過ぎですが、在日韓国・朝鮮人は日本にとって貴重な存在とは言えます。
この国では、江戸時代に「士農工商、エタ、非人」という身分制度があり、村八分という制度もありました。かつて、ナチスドイツはユダヤ人を徹底して迫害し、アメリカには人種差別が存在し(現在ではほぼなくなっていますが)、インドにはカーストという身分制度があり、南アフリカではアパルトヘイトが存在しました。
醜い人間、あるいは人間の心の醜い部分は差別を好み、求めます。
被差別階層を作るということは、権力者にとって、大衆の醜い優越感を満足させ、権力への批判から目をそらさせる効果があります。
日本では、憲法第14条で「すべて日本国民は法の下に平等」と定めたため、制度として差別ができるのは、「日本国民でない者」を対象とするしかなくなったわけです。
最もひどい例はこちらでしょう。
今年、テレビで50年ぶりに再放送されました。不覚にも、それまでこの映像の存在は知りませんでした。
オリンピックを開催できるまでに経済が復興した国で、わずか10名ほどの元軍人の世話をできないわけはありません。
彼らをこうやってさらし者にすることで、大多数の国民に、「自分はよかった」「自分は関係ない」とわずかな優越感や安心感を与えるのに利用しているわけです。竹田のいう通り、「日本の宝」ですね。
えっ?竹田はそんな意味で言ったのではないだろう、そもそも本心で言っているわけはないだろうって?
はい、もちろんわかってますよ。
それはともかく、かのデタラメ漫画「嫌韓流」では、こういう人々について、「日本が個人補償を主張したのに、韓国側が拒んだ」と主張しています。
バカバカしいにもほどがある。終戦は1945年、日韓基本条約締結は1965年。彼らのような悲惨な傷痍軍人を20年間も放置していて「個人補償をするつもりだった」わけはない。何も韓国政府のお許しを得ずとも、人道的な見地からさっさと支援できたはずです。彼らの生活を保障して、韓国側から文句が出るわけもない。
こういう「制度としての差別」が現在のネトウヨやヘイト集団の存在につながるわけですが、確かに権力者にとってはけっこうな現象でしょう。従って人種差別を煽るような言動を法で禁止しようとする動きすらないわけです。
竹田常泰関連のネタはこれでとりあえず最終回とします。
また彼がバカ発言をしてくれれば、復活するかもしれません。