NHK受信料と呉智英の劣化

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 NHK受信料に関する話題を続けます。

 「NHKを考える弁護士・研究者の会」が、受信料の不払い運動を始めたそうです。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140303-00010000-asiap-soci


 話はやや飛びますが、NHKの受信料に関して、ある評論家を思い出しました。

 呉智英といいます。過去には、私は彼を評価していました。
 80年代から90年代にかけては、呉の著書を買ったこともあったし、その評論に多少の違和感を覚えることはあっても、概ね評価、同意できたり、
感心させられることもありました。ところが呉は今世紀に入ってから、信じられないほど劣化してしまいました。呉の劣化を以下に紹介します。
 

 呉はその著書「バカにつける薬」の第1章「折々のバカ」の中で、ある評論家を徹底的にこき下ろしています。その評論家があるNHKの番組を見て感動し、「これまで受信料を払っていなかったが、これなら払う価値があると考えを改めた」とコメントしたことに対するものでした。

 これを呉は、「思想の転向」であるとして徹底批判しました。「エサや誘惑に釣られての転向ならある程度は仕方ない。自発的に転向する、それを公にするとは最も恥ずべきこと」というわけです。

 人間、他者や組織に対して「見直した」ということはあるもの。その反対、「見損なった」ということも当然あり得ます。人や組織は成長することもあれば、堕落することもあります。NHKの番組を「受信料が払う価値がある」と見直したことが、それほど批判されることか、とやや違和感を覚えたものでした。

 呉のその批判文の最後はこう締めくくられています。

 「自分はテレビは見ない、よって受信料も払わない。」

 受信料は払うべきか否かという議論について、より高所から見下すように結論を出したつもりのようです。

 「テレビは見ないから、受信料も払わない」というのが、その時の呉の思想というわけです。


 それから何年後だったでしょうか、産経新聞で呉がテレビ批評のコラムを書いているのを目にしたのは。

 しかも、NHKの番組(確か語学番組だったと思う)について論評している。


 「おい、おい!お~い!」と言いたくなったのは私だけであろうか。

 受信料を払わないから、払うに考えを改めたのが、恥ずべき思想の転向なら、テレビは見ないから見るに考えを改めるのは、恥ずべき思想の転向ではないのか?

 思想の転向は、最も恥ずべきことではなかったのか。それとも、思想の転向は恥ずべきことではないと思想を転向させたのか。

 

 呉に改めて訊いてみたい。「受信料は払ってますか?」


 呉(バカ14号認定)の堕落ぶり、以前と180度転換した破廉恥ぶりについては、まだネタがありますので、次回以降に続けます。




 

 

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