1868年(明治元年)の戊辰戦争で新政府軍に敗れた長岡藩の財政は極端に窮乏します。
士族ですら、三食を粥さえすすることも出来ない状態に陥ります。
この状況を知った藩主の親戚筋の三根山藩が長岡藩に百俵の米を贈りました。
でも藩の重鎮であった小林虎三郎氏は米を士族に分け与えず、「食えない時こそ、教育が大切」、「苦しい時こそ、人づくりが必要」と言い、その米を売却して学校を設立しました。
その学校「国漢学校」の新校舎が1870年(明治3年)6月15日 に開校したことを記念して、新潟県長岡市が今日を「米百俵デー」の記念日に制定しています。
「米百俵」は小泉内閣発足時の国会所信表明演説で引用され有名になりました。

カットは長岡市にある「米百俵の群像」の中の小林虎三郎氏の像がモチーフ。