1184年2月7日、源平の戦いの「一ノ谷の合戦」で、源義經らが「鵯越の奇襲」により、1万を超える平氏軍を2~3千で攻め落とし、勢力図が一気に反転したと言われる奇跡的な勝利を得た日とされます。
この日、義経(源九郎)は精鋭七十余騎を率いて、一ノ谷の後山の鵯越(猪、鹿、兎、狐の外は通れぬ険しさと言われる)に回り込み、馬が怖がるので、後ろ向きに崖を下ったと言われます。
確かに馬は後退歩行する能力があるとは言え、急峻な崖を下れるかかどうかは大いに疑問です。後世に面白おかしくするための脚本の可能性大です。
なおこの戦いでは、さらにとんでもない話、「馬が怖がるので、馬を背負って崖を下った武将(畠山重忠氏)がいた」との話もあります。
この時代の馬は、現在の競走馬よりかなり小さかったと言われますが、それでも鞍を付けたら数百キロはあったはず。さらに武将の具足も10キロ以上はあったでしょう。
これで急峻な崖を下れるかどうか、眉唾ものです。
まあこれも脚本の可能性は大いに考えられます。
今日のカットは、埼玉県深谷市にある「馬を背負う畠山重忠」の銅像がモチーフです。
