大安寺さんは南都七大寺の1つ、ご本尊は十一面観音で、聖徳太子の創立と伝えられています。
奈良~平安時代は、東大寺、興福寺と同規模の伽藍で、東西に七重の塔を持つ大寺でした。
特に東大寺が完成するまでは、南都で一番大きかったとのことですが、現在の姿からは想像しずらいです。
お寺で紹介されている古地図を見て想像するしかありません。
奈良~平安時代は、東大寺、興福寺と同規模の伽藍で、東西に七重の塔を持つ大寺でした。
特に東大寺が完成するまでは、南都で一番大きかったとのことですが、現在の姿からは想像しずらいです。
お寺で紹介されている古地図を見て想像するしかありません。
昨日は、年二回行われるがん封じの「笹酒祭り」の日でした。
玄宗皇帝と楊貴妃の悲しい運命を長編の漢詩で綴った長恨歌の作者、白楽天(白居易)の漢詩「送王十八帰山寄題仙遊寺」の中の一節「林間に酒を煖めて紅葉を焼く」の故事にならったとされる笹酒。
500円で竹の杯を買い求め、綺麗な着物を着た娘さん(笹酒娘さん?)に注いでもらうと、一年、無病息災に過ごせるご利益を求めて、多くの方が参拝されます。
この風景は既に冬、夏の2種のカットをアップ済みですので、今日は大安寺さんの四天王立像の持国天をアップします。
若干の損傷や持物は無くなっているものの、4躯揃っておられます(すべて重文)。
四天王の中で一番大きな持国天でも像高は150cmとそんなに大きくはなく、また4人ともどちらか言えば、太っちょ体形で親しみを感じます。
勝手な想像ですが、この時代の戦士はマッチョ体形より、ちょっと太め体形がより強いとされ、人気があったのではないでしょうか。時代と共に美的感覚も移ろって然りです。
また、持国天さんはちょっと愁いを秘めたような表情に見えて、それに魅かれてカットしました。
玄宗皇帝と楊貴妃の悲しい運命を長編の漢詩で綴った長恨歌の作者、白楽天(白居易)の漢詩「送王十八帰山寄題仙遊寺」の中の一節「林間に酒を煖めて紅葉を焼く」の故事にならったとされる笹酒。
500円で竹の杯を買い求め、綺麗な着物を着た娘さん(笹酒娘さん?)に注いでもらうと、一年、無病息災に過ごせるご利益を求めて、多くの方が参拝されます。
この風景は既に冬、夏の2種のカットをアップ済みですので、今日は大安寺さんの四天王立像の持国天をアップします。
若干の損傷や持物は無くなっているものの、4躯揃っておられます(すべて重文)。
四天王の中で一番大きな持国天でも像高は150cmとそんなに大きくはなく、また4人ともどちらか言えば、太っちょ体形で親しみを感じます。
勝手な想像ですが、この時代の戦士はマッチョ体形より、ちょっと太め体形がより強いとされ、人気があったのではないでしょうか。時代と共に美的感覚も移ろって然りです。
また、持国天さんはちょっと愁いを秘めたような表情に見えて、それに魅かれてカットしました。
