今日は日付のゴロ合わせで「幸福の日」だとか。
ふと、人生で一番幸福な日はいつだったかと考えて見ました。
概念的には「この世に生を受けた日」ではないかと思うのですが、残念ながら、そのときはそれを自分で感じることはできません。
団塊世代で、バブルがはじけるまでは「明日は今日よりも必ず良くなる」日々を送って来ました。
入試は尻を叩かれながらも乗り越え、就職もそんなに苦労した記憶もなく、なんとなく通りすぎた感があります。結婚は熱烈な恋愛ではなく、お見合いです。
初めてわが子を抱いた日は、確かに大いに感動しましたが、赤い皺くちゃの娘を抱いたとき「幸せ」感よりも「責任」感が勝っていたように思います。
初孫を抱いたときは、ただただ「可愛さ」で大いに感動しました。
ただ、この時が一番幸せだったかと聞かれると、そうとも言い切れないです。
では何時?と聞かれても、正直ちょっと困ってしまいます。
ふと、人生で一番幸福な日はいつだったかと考えて見ました。
概念的には「この世に生を受けた日」ではないかと思うのですが、残念ながら、そのときはそれを自分で感じることはできません。
団塊世代で、バブルがはじけるまでは「明日は今日よりも必ず良くなる」日々を送って来ました。
入試は尻を叩かれながらも乗り越え、就職もそんなに苦労した記憶もなく、なんとなく通りすぎた感があります。結婚は熱烈な恋愛ではなく、お見合いです。
初めてわが子を抱いた日は、確かに大いに感動しましたが、赤い皺くちゃの娘を抱いたとき「幸せ」感よりも「責任」感が勝っていたように思います。
初孫を抱いたときは、ただただ「可愛さ」で大いに感動しました。
ただ、この時が一番幸せだったかと聞かれると、そうとも言い切れないです。
では何時?と聞かれても、正直ちょっと困ってしまいます。
思うに、幸せに順番を付けようとするからややこしいのであって、やりたいことがあって、やらねばならないことも何とかこなせ、そして自由に行きたいところへ動ける状態の「今」が一番幸せなのかも知れません。
この状態が永く続けられるよう、精進したいと思います。
この状態が永く続けられるよう、精進したいと思います。
今日のカットは初孫の笑顔です。ジジ馬鹿で、実際より数倍可愛くなった感はあります。
