おはようございます。
今月の24日に巣鴨の真性寺さん
にてお話会をしました。
天候は雨でした。
お地蔵様の縁日で満月の日でも
ありました。
聴衆の方は1人から3人ともっと
聞いてくれる方が居たら良かったの
ですが、時間が無かったのかも
知れません。縁が無かったと思えば
それまでかも知れませんが
今、巣鴨に来て話を聞きに参った人に
自分が考えた話をする。
仏縁とは、皆さんの中に一つずつ糸が
ある、自分の糸と相手の糸が繋がって
絆が生まれる。仏を信仰して生まれた
絆は何かしら縁によって結ばれている。
私は、子供の頃からお寺の子供として
育って来た。祖父や父親が成田山に勤めて
いた関係で成田山にも深い繋がりがある。
皆さんの一つ一つが縁ある繋がりがあって
今がある。縁が生まれる事は仲間や友達
が出来る事。仲間や友達が増える事で
自分を成長したり、省みる事が出来るのも
一つの事かも知れません。
二つ目の失敗から学ぶものにも
失敗を若い内に経験して行く事は
恥をかいても打たれ強くなったりします。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥
ように恥をかく、恥をかかないで一生を
ダメにするようなら、苦労は若い頃に
買ってでも恥をかけと言う事。
また、失敗で恥をかいても他人に相談
が出来る。相談の出来る仲間をつくる。
これもまた、縁ではないでしょうか?
失敗学は、失敗して落ち込む事では無い。
その先の自分を成長出来る事に繋がる。
報告、相談、連絡。絆を生み。
また、自分を成長するためにも
他人の存在は、とても大切であると
言えるでしょう。
令和6年 4月26日 南無大師遍照金剛 合掌