そばにいて
21.夕暮のベンチ 3
それから先はどうやって階段を降りて、どこをどう歩いたのか
全く何も覚えていない。ただ、吉永君の手が温かくて、大きくて。
歩道の横を車がすれ違う時、ぎゅっと手を握って彼の方に引き
寄せてくれたのは憶えている。危ないぞ、と言ったあと、目を細
めた吉永君の笑顔も優花の心のアルバムに新たに追加されて
いた。
次第にマンションから遠ざかり、昔通っていた小学校の近くに
ある森の公園にたどり着いた。公園の入り口にある看板には
消えかかった文字で西丘公園と書いてあるが、いつしか子ども
たちからは森の公園と呼ばれるようになっていた。
薄暗くなった公園に灯りがともる。ブランコも滑り台も何もない
公園だけど、木が生い茂り小高い山もあって、探検ごっこには
もってこいの場所だった。
春には桜が咲き、秋が深まると真っ赤に色づいた葉が一面を
覆う。小さい頃はここでよく遊んだ。もちろん、吉永君も一緒に
かくれんぼや鬼ごっこをした思い出の公園だ。
周囲の住宅からはテレビの音がかすかに漏れ聞こえ、どこか
らか、シチューの匂いまでもが漂ってくる。
「あそこに座ろう」
吉永君は朽ちかけた木のベンチをつないだままの手で指さす。
優花は促されるままベンチに腰を下ろし、まだ彼とつながった
ままの手を見て頬を赤らめた。
「大園を追いかけたけど、間に合わなかった」
片手に持った包みを膝の上でもてあそびながら、吉永君が唐突に
話し始める。
「エレベーターのあたりであいつに会わなかった? 」
「あ、うん。会ったよ」
「こんなもの俺に渡してさっさと帰ってしまったけど。受け取れないよ」
手元の包みをじっと見つめながら言った。その箱の中には何が
入っているのか見当もつかないが、それは彼にとって不本意な物
だったのだろう。
「俺は別にこんな物が欲しくてあいつと一緒にいたわけじゃない。
違うんだ。ちがうんだよ」
「真澄ちゃん……」
彼の声に悔しさがにじみ出ていた。ならば何が目的で麻美と一緒に
いたというのだろう。やっぱり純粋にお互いを想い合って付き合って
いた、というのが彼の答えならば、そこに優花が入りこむ隙間は全く
ないと言える。なのに。いったい何を期待してしまったのだろう。手を
つないだくらいですっかり舞い上がってしまって、こんなところまで
のこのこついて来てしまった。いたたまれなくなり、つないでいる手を
ほどこうと動かしてみる。
ところがさっきより更に強く握り返してくる彼にもうなすすべはない。
知らない間に指と指を交互にからめ、恋人つなぎ風にがっちりと
連結されてしまった。
「ゆうが俺に大園と付き合うようにと勧めてくれた理由が、今日やっと
わかった。前に俺、ゆうに対して辛く当たったことがあっただろ? 」
「うん。でもそれはわたしが真澄ちゃんの連絡先を……」
「ゆう、ごめんな。本当に悪かった……」
「真澄ちゃん」
じゃあ、何がわかったというのか。麻美が何かを言ったのだろうか。
「大園は。俺があいつのことを好きでもないのに付き合っているのを
最初から知っていて。付き合ううちに好きになってくれたらいいと、そ
んな風に言ってたよ。それで、どうしても好きになれそうになかったら
その時、別れようって。それを決めるのが今日だったんだ」
「別れを決める日? 今日が? そ、そんな……」
麻美が心待ちにしているようにふるまっていた今日のデートが、実は
そんな残酷な決定が下る日だったなんて。胸の奥がずんと痛む。
「今日の昼に大園が行きたいと言ってたテーマパークに行って来た。
すごい人でアトラクションもろくに見れなかったよ。それが……。
向こうでずっと泣いているんだ」
優花は黙って話を聞いていたが、麻美が泣いていたのもうなずける。
最後のデートになるかもしれない日に、にこにこなんてしていられる
わけがない。麻美の辛い気持ちがひしひしと伝わってくる。
「昼飯の時、なんで泣いているんだって聞いたんだ。そしたら、大園から
もう別れよう、別れたいって言い出して」
「う、うそ。マミがそんなこと言うわけないし。ホントなの? 」
まさか麻美の方から別れを切り出すなんて、優花には信じられない。
吉永君に断られる前に、自分から言ったのだろうか。
「大園、来年から違う高校に行くんだってな。だからもうこの先、俺と
付き合っても仕方ないって言うんだ。こればっかりは俺も寝耳に水だった。
ゆうはそのこと、知ってたんだろ? 」
「あ…………」
優花の脳裏に衝撃が走る。
つまり、麻美の転校が決定したということだ。
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