そばにいて

 

 

21.夕暮のベンチ 2

 

 

 

 「優花。今帰って来たの? 」

 「あ、うん……」

  あわてて麻美に視線を戻し、怪しまれないようにいつもの笑顔で頷く。

  優花が今日、絵里と会っているのは麻美も知っている。

 「絵里、どうだった? 」

  絵里の失恋に心を痛めていた麻美は今日の集まりに参加できない

 ことを何度も謝っていた。吉永君との約束の方が先だったのだから

 それも仕方がない。

 「今日もまた泣いていたけど。でももう大丈夫だと思う。マミは? 今日

 のデート、楽しかった? 」

  本当はそんなこと聞きたいわけじゃない。どうして吉永君の家に行った

 のか、なぜこんなに早く降りてきたのか。知りたいことは別のこと。でも

 当然そんなことは聞けない。ここで待ち伏せしていたことがバレてしまう

 からだ。

  さっきの小さな包みが手元に無いところを見ると、それを渡しただけと

 いうのは明らかだった。

 「あっ、うん、楽しかったよ」

  麻美がニコッと笑った。けれどその笑顔はどこか作りものっぽくて

 寂しそうに見えた。心から笑っているとはとても思えないくらい哀しい

 笑顔だった。

 「そう、なんだ……」

 「優花。あたし、そろそろ帰らなきゃ。マンションの前でママが車で待って

 るんだ。じゃあね」

  麻美は長いストレートの髪を揺らしながら外に向かって走って行った。

 「マミ。バイバイ! また明日ねーー! 」

  優花の声が閉まりかかったエントランスの自動ドアに跳ね返される。

  マミには届かなかったのだろう。彼女が振り返ることはなかった。

 

  優花は気が抜けたように背中を丸め、とぼとぼとエレベーターホール

 に引き返した。例えようのない無気力感が全身を襲う。エレベーターで

 見知らぬ人と一緒に乗り合わせるのも億劫になり、重い足取りで階段を

 上り始めた。

  ブーツのかかとがコツコツと音を立てる。その音が優花の心の空洞に

 むなしく響き渡る。やはり絵里の直感は思い過ごしだったのだ。麻美は

 着実に吉永君との関係を深めているようにも思えた。あの寂しそうな

 笑顔も彼とのデートが楽しすぎて、家に帰るのが辛かったのだろう。

  それにデートが終わった後なのに物をやり取りしたり、麻美の母親

 までもが公認の関係になっている事実は、優花にとってショック以外の

 何物でもなかった。

  いろいろ考えながら階段を上っていると、優花の靴音とは異質の振動が

 急に加わり始めたのに気付く。タッタッタッタッ。その音は次第に大きくなり

 優花のすぐそばまでやって来た。誰かが猛スピードで降りてきたのだ。

  身体を階段の隅に寄せて、先に通ってもらおうとその場に立ち止まる。

  すれ違いざまに、その人の靴音がピタッと止んだ。

 

 「ゆう? ゆうなのか? 」

 

  逆光になっていたが、その声の人は確かに彼の声だった。

 「ここで待っててくれ。いいな? どこにも行くな! 」

 「真澄ちゃん? 」

 「ちょっと行ってくる」

  吉永君はさっき麻美が持っていた小さな黒っぽい包みを片手に握り

 残りの階段をひとっ飛びに下りてすぐに消えてしまった。

  彼は麻美を追いかけて行ったのだろうか。あの小さな包みを持って

 いるということは、それを麻美に返すとでも? 

  さっき彼女を見送った後、すぐに母親の車に乗ったとしたら、もう近辺

 にはいないだろう。ならば麻美の家まで追いかけていくのかもしれない。

  優花はどうすればいいのか途方に暮れる。ここで待っててくれと言わ

 れた。真剣な眼差しで、彼は確かにそう言ったのだ。

  いったいどれほどの時間をここで待つことになるのか。彼を待つ理由

 などもう何もないはずなのに……。

  あれからほんの数分ほど経ち、さっきと同じ靴音が階下から聞こえて

 きた。優花は音のする方に身体を向けた。それが吉永君の足音だと

 わかると同時に、心臓が早鐘を打ち始める。

  麻美に会えなかったのだろう。彼の手にはさっきの包みが握られたまま

 だった。吉永君は息を切らせながら、優花を見上げて言った。来いよ、と。

  なのに優花は、遅れて襲ってきた極度の緊張感に阻まれ、返事すら

 出来ないまま足元に視線を落とし固まった。

  そんな優花に業を煮やしたのか、吉永君が二段抜かしで駆け上がって

 来て、そして……。

  優花の手を取った。

 

 

 

 

 

 

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