そばにいて

 

 

20.いやだ、聞きたくない 3

 

 

 

  テストも無事終わり、部活も午前中だけだった土曜日の午後、優花は

 絵里に誘われて、ケーキ屋さんに来ていた。

 「今日はあたしのおごり。食べて食べて、食べまくろう! 」

  絵里は相変わらず失恋の痛手など微塵も感じさせないほど、元気

 いっぱいだ。店内のイートイン席はすでに満員で三十分並んでようやく

 座席を確保できた。一個百円のプチケーキが、ショーケースの中に

 ぎっしりとひしめき合っている。赤あり、紫あり、黄色あり。フルーツや

 生クリーム、チョコでデコレーションされたそれは、まるで宝石のように

 キラキラと輝いていた。

  プチと言っても、本来のボリューム感を維持しているものも多く、お得

 感満載なこの店は地元では知らない人はいない。

  十個以上食べると飲み物代がサービスということもあって、絵里も

 優花も、もちろん十個ずつ選んだ。

 「おいしーーーっ! めちゃうまだね、ここのケーキ」

  絵里が感激の第一声を発してパクパク食べ始める。ショートケーキに

 フルーツタルト。パイにゼリーに……。どれも文句なしの絶品ぞろいだ。

  ところが、ケーキが半分以上無くなりかけた時に、絵里が突然鼻を

 すすり始めたのだ。見ると鼻先が真っ赤で、目にはいっぱい涙を浮か

 べている。

 「絵里、大丈夫? 」

  優花はフォークを置き、絵里にハンカチを差し出した。

 「ありがと……」

  絵里がしゃくりあげながら、ハンカチで顔を覆った。

  あのラインをした翌日、昼休みにいつもの図書館裏手のベンチで

 絵里の失恋話を聞いた。初めは平静を装っていたが、最後には泣き

 崩れて、そのまま早退してしまったのだ。ところが次の日には笑顔で

 学校にやって来て、もう大丈夫いっぱい泣いてすっきりした、などと

 言っていつもの絵里に戻っていた。それからも常に明るく、本当にもう

 心の傷は癒えたかのようにふるまっていた。

  テストも無事終えて、開放的な気分でケーキを食べているのかと

 思いきや、そうではなかった。ここに来て、我慢の糸がプツリと切れて

 しまったのだろう。

 「先輩ね、昨日、カノジョらしき人と、一緒に帰ってた。とてもきれいな

 人だった。大人っぽくて、優しそうで。先輩もね、なんだか嬉しそうでさ。

 もうそろそろ先輩のこと、あきらめなきゃって思うんだけど。そんな簡単

 に忘れられないよ……」

  ハンカチをテーブルの上に置き、再びケーキを口に運びながらも、ぽ

 ろぽろと涙をこぼしている。

 「でもね、ありがたいことに、食欲だけはそのまんまなんだ。こうやって

 甘い物を食べれば、気持ちも落ち着くんじゃないかなって、そう思って

 今日は優花に付き合ってもらったんだよ。あたしが失恋したのを、とっく

 に見抜いていたアネキが、それだけ食べられるんなら、同情の必要は

 なし! って、笑ってるんだ。ひどいと思わない? でもさ、残念ながら

 その通りかも。反論できなかった。泣くたびに心が軽くなっていく感じが

 するし、それに、今日で泣くのも最後になりそうな気がする。優花、一緒

 にここに来てくれてありがと」

 「ううん。ありがとうだなんて、そんな……。わたし、何もやってないし。

 わたしの方こそ、いつも絵里に助けてもらうばかりなのに」

  本当にこんな頼りない自分でも、絵里の力になっているのだろうか

 と不安になる。優花の出来ることといえば、こうやって彼女のそばに

 いて話を聞くことだけだ。それだけしかできない。

 「何言ってんの。それを言うなら、あたしの方がいつも優花に支えて

 もらってるんだから。優花と親友になれてよかったって、思ってる」

 「わたしだって」

  優花はくすっと笑い、首をすぼめた。絵里の頬が次第にピンク色に

 染まってくる。瞳の輝きもプルプルした唇も、いつもの絵里に戻って

 いった。絵里の悲しみは、もうこれで本当に最終ラウンドを迎えたよう

 だ。温かい紅茶を飲みながら、優花はほっと一息ついた。

 

  ケーキ店を出て、若者に人気のファッションビルに足を運び、冬物の

 セーターを一枚買った。絵里はもこもこのファーが付いたブーツを奮発

 して、上機嫌だった。

 「あたしたちってさあ、今日買ったのを身に着けてデート出来る日が

 ホントにくるのかな……」

  絵里がブーツの入った紙袋に視線を落としながら、力なくつぶやく。

 「わたしは、多分、無理。このセーターを着て一緒に歩いてくれる人なん

 て当分現れそうにないよ」

  優花は、左手にぶら下がっている不織布の手提げバッグを胸元に抱え

 直し、あきらめのため息をついた。

 「ねえねえ、優花。マミはどうなるんだろう。今日、デートだって言ってた

 けど、どう見ても、ウキウキしてるって感じじゃなかったよね」

 「うん。わたしもそう思った。なんか元気なかったし」

  グループラインでの麻美はほとんどトークに加わらず、じゃあね……

 の言葉を最後にもう何時間も連絡はない。

 「あたしの予想が当たって欲しいなんて思ってないけど。マミはそろそろ

 決断を強いられるんじゃないかな? 一方通行の想いに終止符を打つ

 時が近づいているんだと思う」

 「絵里……」

 「なんでだろ。あたしにはなぜか、わかってしまうんだ。吉永がマミを見て

 いないって。きっとあたし自身も先輩に見られてなかったから、マミのこと

 も客観的に判断できるんだと思う。吉永が見てるのは、優花だよ」

 「そ、そんな……」

 「絶対に。吉永は優花のことが……好きだよ」

  それが事実だとしたら。

  優花は吉永君を呼び出したあの夜のことを思い出していた。あの時彼が

 怒った理由は、優花が彼の連絡先を消去してしまったことだった。でもそれ

 だけではなかった。そんなに大園のことが大事なら、そっちの言う通りにして

 やると、哀しそうな目をして彼はそう言ったのだ。

  何かとても大切なものを見失っていたのではないだろうか。もし吉永君が

 優花のために麻美との交際を受けてくれていたのだとしたら……。

  優花と麻美の友情のために、彼が自分の気持ちを押し殺して、麻美と付き

 合おうと努力してくれていたのだとしたら……。

  ああ、こんなことしている場合ではない。居ても立っても居られなくなった

 優花は、突如、絵里に向かって声を張り上げていた。

 「絵里っ! ごめん。わたし、行かなきゃ。行って話さなきゃ」

 「ちょ、ちょっと! 優花、いったい何? どうしたの? 」

 「帰るね。ホントに、ごめんっ! 」

  大きく目を見開いて驚いている絵里を大通りに残したまま、優花はバス

 ターミナルに向かって走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

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