そばにいて

 

1.クラスメイト  1

 

 

 「優花! おっはよー」

  優花の前の席に座って、くるりと向きを変えたのは、本城絵里。

  高校に入学してすぐに仲良くなった優花の親友第一号だ。

 「夏休みなんて、あっという間だよね。うちの大学生のアネキ

 なんてさまだ夏休み続行中なんだよ。ずるいと思わない? 夕べ

 飲みすぎたとか言ってさ。あーーん。はやくあたしも女子大生に

 なりたーい」

  絵里はぷにぷにした柔らかそうな頬を肘をついた両手で支え

 ながら口を尖らせる。

  夏休みにも何度か一緒に遊んだので、久しぶりというわけでは

 ないが彼女の尖った唇がいつもと違う感じするのはなぜだろう。

  それに、なんだかきらきらしている。

 「ねえねえ、絵里。もしかして、グロスつけてる? 」

  優花は絵里の唇を穴が開くほどじっと見つめながら訊いた。

 「えへへへ。わかる? 実は、内緒なんだけどさ……」

  絵里が教室内をきょろきょろ見渡し声をひそめる。

 「あのね、それがさあ、アネキの化粧ポーチの中からひとつだけ

 拝借してきちゃったんだ」

 「ええええ! ダメだよ、勝手に使っちゃ」

 「平気平気! だってアネキったら、すっごくいっぱい持ってるん

 だもん、ひとつくらいもらったってわかんないって」

  絵里は優花だけに聞こえるようにこそっと言って、大きな目を

 くりくりと動かした。

 「ねえねえ、次の休み時間に、優花にもつけてあげるね」

 「ええ? わたしはいいよ。いいってば」

  優花は絵里の突飛な申し出にのけぞりながら、顔の前で

 ひらひらと手を振る。

 「なに遠慮してんのよ。なくなったらまた別のを借りてくるから

 大丈夫だって」

  絵里はさっそくポケットをさぐって、本日の戦利品を優花の目の

 前にかざした。

  透明のチューブに入った明るいピンクのそれは、どこか大人の

 香りがするようだ。

 「ね、かわいい色でしょ? 」

 「う、うん。でも……。絵里はグロスに負けないくらい美人だし

 とても似合ってるからいいけど。わたしがつけたらきっと変に

 なるよ。絶対に似合わないって。わたしには薬用リップがちょうど

 いいんだってば」

  優花はグロスを前に、急に自分に自信をなくしていく。

 「ほら、また優花の尻込みが始まった。優花ったら、自分のこと

 ちっともわかってないんだから。もう一度よーーーく鏡見なさいよ」

 「かがみ? 」

  優花はきょとんとした顔で、瞬きを繰り返した。

 「そう。優花はかわいいの。磨けば光るんだから。素材としては

 クラスでも一、二を争うくらいにはいい線いってるし」

 「そ、そうかな……。でも、誰もそんなこと言わないよ。妹には

 ブスブスって言われるし、よしな……いや、近所の男の子にも

 小学生の時、さんざんブサイクって言われてからかわれていたし」

  ついつい口がすべりそうになるのを押しとどめて慎重に言葉を

 選ぶ。優花はまだクラスの誰にも、吉永君と同じマンションに

 住んでいることを言ってないのだ。

  いろいろ詮索されるのが嫌だったからというのが一番の理由。

  それに、本当に同じ中学出身なの? と疑われるくらい疎遠な

 関係だから、今さら昔はそれなりに仲が良かったなどとは言い出し

 にくいというのもある。

  ところが優花の話を聞いた絵里がだんだん真っ赤に顔を

 紅潮させて。

  目が吊り上がり、鼻息も荒く、みるみる逆上していくのがわかる。

 「ひっどーい! 誰? 優花をからかった奴って誰なの? 今から

 あたしが文句言いに行ってやる! 」

 「ああああ、絵里、落ち着いて。昔のことだから、もういいんだってば」

  そうだった。うっかり忘れるところだったが、絵里は誰よりも

 正義感あふれる生真面目な性格が、時折顔をのぞかせることを

 今頃になって思い出したのだ。

  

 

 

 

 

 

 

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