再会を喜んでいる暇はなかった。

 大勢の大切な分身たちをなくしてしまったアリキーノは、憎しみのこもった目でクオンたちを見た。

「あなたたち、許さないわよ」

「そんなセリフを吐くくらいなら、初めからあんなか弱い虫をけしかけないで、自分で私たちを始末しようとすればよかったんだ」

 鼻でせせら笑うセツナを、マホガニーが慌てて止めた。

「あおってどうするっ! 早く逃げるんじゃよっ!」

「逃がしてあげないっ!」

 アリキーノは、クオンたちを拾いにきたマホガニーに向かって、巨大な火のバラを投げつけた。間一髪でマホガニーはそれを避ける。

 アリキーノは、自分の城や庭の木々が燃えるのもかまわず火のバラを次々と手のひらに生み出し、クオンたちに投げ付けた。とりあえず、バラバラになって逃げる。クオンは足が遅いので、一人だと危険だと思ったガイランが抱えて逃げた。

 アリキーノの攻撃は、めちゃくちゃに見えてちゃんと考えられていた。おかげで一定範囲から先に逃げることも、アリキーノに近づいて攻撃することもできない。

 そんな中で、ただ一人だけ、炎がまったく平気なセツナはアリキーノに突進した。

 アリキーノは、セツナの蹴りを上空にはばたいてかわした。

「ふふふっ。そう、あなたは火は平気だったのよね? でも、あたしがこうして空にいれば、あなたの手はあたしに届かない」

 アリキーノは、特大の火のバラをセツナに投げる。火としての役割は期待していない。空気弾として投げたのだ。セツナは避け切れず右肩にそれを食らってしまい、地面を転がった。

「セツナお兄ちゃんっ!」

「私のことは気にするな」

 ガイランは、セツナを心配して叫んだクオンに言った。

「クーちゃん。少しの間、一人でも平気?」

 クオンは力強くうなずく。ガイランはクオンの頭を撫でた。

「じゃあ、これからとっておきの魔法を見せてあげる。僕が一人前だと認められたときの僕が作った魔法を」

 地面に降ろしてもらったクオンは、またうなずいてから、自分の足で走り始めた。

 ガイランは少しの間それを目で追いかけて、それから呪文を唱えはじめた。

 それは、ガイランを象徴しているような魔法だった。

 闇のみか得た御体

 聖起こす氷慈悲

 痛み耐え

 神の宮

 ガイランが魔法を使おうとしていることに、もちろんアリキーノは気づいていた。

「あれは所詮あたしの下僕。あたしに勝てるわけないじゃない」

 どんな魔法かは知らないけれど、魔法が発動した瞬間にそれを防げばいいと、アリキーノは考えていた。

 それは少し甘い考えだった。アリキーノの上下に、真っ二つに割れた球が生まれる。火のバラも砕ける。二つの割れた球がくっついて、アリキーノはその中に捕われた。

 ガイランは、上空のマホガニーに叫んだ。

「早く、みんなを連れて逃げろっ!」

 マホガニーは急降下して、クオンを拾って、それからセツナに向かった。

 間に合わない。

 氷の球が内側から粉砕する。

 アリキーノは、ガイランに微笑んだ。

「あたしに恥をかかせるなんて、下僕のくせにナマイキよ。罰として、しばらく燃えて苦しみなさいっ」

 アリキーノが指を鳴らした。ただそれだけで、ガイランのかりそめの肉体は黒い炎をあげて炎上した。ガイランの肉体は、アリキーノが作ったもの。アリキーノの思いのままなのだ。

 地面をのたうち回って苦しむガイランを見て、クオンとシープはいてもたってもいられなくなって、マホガニーから飛び降りた。

 名前を呼んで駆け寄ったクオンと違い、シープは泣きそうになりながらも、雨を降らせる呪文を唱えていた。

 依れぬ許問いの樹

 鳥鳴かず

 紫雲連雨

 静かなり時の絲

 友濡れよ

 ガイランの上にだけ黒い雲が生まれて、雨を降り注ぐ。火は消えない。

 シープはまた同じ呪文を唱え始める。

 クオンも、涙を拭ってシープのあとに続いた。ガイランを助けたいのなら泣いている場合では無いのだ。

「無駄よ。その炎は、あたしじゃないと消せないの。ほらほら、逃げないと、あなたたちも燃えちゃうわよ」

 アリキーノは、クオンたちに向かって火のバラを連射した。

 目をつむったクオンとシープの前に、セツナが飛びこみ、自分の炎でそれを防いだ。

 セツナは、とっくに切れていた。自分に数々の屈辱を与え、今またクオンたちを泣かせているアリキーノに宣言する。

「私たち魔導書の使命は、四大元素世界の善と悪の調和が取れるようにすること。だからこの世界で貴様らと戦うことは無意味だ。しかし私は、貴様が許せない。全力を持って、滅ぼさせてもらう」

 セツナがヘアバンドにしているリングが輝き始めた。リングはセツナの頭から外れて、まるで天使の輪のようにセツナの頭上に浮かんだ。同時に、セツナの背中から少し離れた場所で、影のようなものが揺らいだ。それは、一対の黒い翼の形になった。

「黒い天使ってわけね? ふふふ。楽しめそうね。ついていらっしゃい」

 アリキーノは天高く上り、翼を得たセツナもそれに続いた。

 マホガニーは、クオンたちを置いて行ってよいものかと少し迷ったけれど、セツナのあとに続いた。