青のりグリーン

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幸福の日々を逆境のときに偲ぶことほど、大きな苦しみはない

                                    ダンテ 『神曲』より


幸せを感じているとき、だれしもこの幸せが永遠に続いてほしいと思うでしょう。


でも、幸せの絶頂があるなら、それが下がることもあるのは、不変の法則のようでもあります。


だからといって幸せになることを恐れたり、いつか仲が悪くなって別れることを恐れ、人との出会いを避けてしまうよりは、前向きに幸せを掴みとっていきたいですね。


でも、ある期間だけと始めから分かっているような刹那的な喜びにすべてを費やして、その結果より不幸になってしまうことは避けたいものです。


何が幸せで、どれだけの幸せを願うかは人それぞれだと思いますが、みな幸せ(喜び)が大きいことと、その幸せがずっと続くことを願っていると思います。


さて、この世の中で最も幸せなこととは何でしょうか。


ふと考えると、やっぱり、すべての人々が、他人の幸せを自分の幸せと感じながら、それぞれが最高の幸せを掴んでいる状態が最も幸せなことだと思います。


それが即ち「平和」な世界でしょうか。それは、ほとんど無理というのはあまりにも単純なので言わないようにw


そしてまず、戦争がまったくないという意味での平和な世界、これを何とかしたい、何とかできると思いたいですね。


私も初代ガンダム世代ということで、ご多分にもれずダブルオーを毎週欠かさず見ていますが、今回のガンダムは、本当に戦争の悲惨さと平和への願いを改めて伝えようという意気込みがすごく感じられて、見ていてすごく感銘を受けています。


話はそれましたが少し戻って、最近、ある人の言葉で、「死ぬまで一生懸命生き切ったら、それは素晴らしい人生だったと言えるだろう」という言葉を聞き、確かにそうだなと思いました。


だれでも幸せの絶頂は永遠に続くことはなく、どんな幸せな人でも、最後は死んでしまいますが、どんなときでも一生懸命生きていられれば後悔はないのかなと思います(ある一定の年代を超えてからの話でもありますが)。


幸せの絶頂を過ぎたとしても、その時を振り返り偲ぶのではなく、その瞬間からでも、自分の気持ちを前に向けていれば、小さなことからでも幸せを感じられることがあるでしょうし、全てを失ったように思える時でも、一生懸命頑張れていれば、そこからまた何かを掴みとることができるのだと思います。


「こうでなければならない」と焦ることはない。

                             加藤諦三(早稲田大学教授)


この人の本は、大学生のころよく読んでいました。


生き方に悩んだりしたときに、どんどん心に響くことを書いてくれていて、大変参考になりました。


 「こうでなければならない」って、自分でも無意識にこれまでの自分のやってきたことや、常識に縛られていることで、次の一歩が踏み出せないでいることって結構あると思います。


自分のこだわりを持つのも個性として大切な部分ですが、それに必要以上に捕らわれて、自分が幸せでなかったり、周りに迷惑がかかったりすることは、避けたいですね。


要は、バランス感覚が大事ということでしょうか。


話はそれますが、それでも私は、「主人公が、自分の信念を貫くことで、大変なことになってしまうハードボイルドな映画が結構好き」という嗜好は昔から変わっていません。
 
実生活では、自分の理想と現実の折り合いを、いいにも悪いにもつけてしまっていることが昔より多くあるような・・・。

 
チャレンジ精神を失うことなく、『「こうでなければならない」と焦ることはない。』というこの言葉にも縛られないようにしたいですね。

友人とは、あなたについてすべてのことを知っていて、それにもかかわらずあなたを好んでいる人のことである。
 
                              エルバード・ハーバード


うーん、確かに。なかなか自分のことをすべてさらけ出しても、受け入れてくれる人って、やっぱり数少ない気がしますね。


相手に、これでもかというほど醜い部分をさらけだされても、困るところもありますが、親や親友なら、それでもその人のことを嫌いにならないということですね。


親友の定義とは、やはり字のごとく、お互いを親のような目で見つめ合える友人ということでしょうか。


そうすると、好みつつ、すべてを受け入れつつも、その人のために、間違いはしっかり正せる感覚と、行動が伴っている人でもあらないといけないですね。


親の子どもへの接し方も、今と昔ではちょっと違う感じのようで、なかなか難しい気がしますが、本質的には変わることはないでしょうから、どんなときも、愛しているという思いを、子どもや、より多くの人に有形にも無形にも伝えられるようにできたらいいでしょうね。