書店で『赤と青のガウン』という書名が目に留まりました。文庫の表紙カバーの、赤と青のガウンの印象が鮮烈でした。
著者は、彬子女王(あきこじょおう)。たしか皇族に関係のある称号だったことを思い出しました。「ヒゲの殿下」(ヒゲのでんか)の愛称で知られていた寬仁親王(ともひとしんのう)の長女でした。
それが、ベストセラーの棚に置いてあります。えっ、という感じがしたのですが、『赤と青のガウン』という書名が気に入って買うことにしました。

やんごとなき御身分、皇族のお姫様が書かれた、オックスフォード留学記です。

<娘をオックスフォード大学に留学させるのは、父の昔からの夢だったようだ。>

 (38頁)
<「私は将来オックスフォードに行く」のだとおぼろげながら思っていたのである。

 >(38頁)
と、父と娘の思いは一致します。

まずは、学部の一年間の留学がありました。著者は、次いで修士課程2年、更には博士課程3年をオックスフォード大学で過ごすことになります。都合6年間の留学でした。

本書の内容は、オックスフォード大学での学位取得を目的とした、英国生活のあれこれです。
個性豊かな人々が次々に登場し、あきさせません。
巻頭に掲載された24頁に及ぶ多くの写真が、本書の雰囲気を表しています。多くの人が一緒に写った写真も多く、読後に見返した時には、印象に残った人物を写真の中に探してしまいました。

写真の下に記された次のような言葉も印象に残ります。
<孤軍奮闘せざるをえないことが多い留学生活のなかで、仲間がいてくれるのは本当

 に幸せなことだ。>
<彼らと過ごす時間は、辛いことも多かった留学生活のなかで数少ないやすらぎのひ

 とときだった。>
<オックスフォードに大切な家族がいる。それは英国で一人暮らしをする私にとって

 大きな心の支えだった。>

著者は。学部留学での一年が過ぎた後、何故再度大学院に留学することを決意したか。修士課程が終わるころ、何故あらためて博士課程に進むことを選択したのか。
すべて著者の優秀さのなせる業だと思いますが、文中に無い、普段の生活の緊張度の高さを想像させます。

著者は、一度目の留学期間が終わるころ、研究対象をスコットランド史から日本美術に変えました。変えるきっかけになったのは、マートン・コレッジの学長からされた一つの質問でした。

<「浮世絵はどのようにみる(鑑賞する)ものなのか」>(102頁)

著者は答えることができなかったそうです。後日考えた答えを文中に記してありましたが、英国と日本の両国を考慮すれば、読んだ人がたちまち関連質問が思い浮かんでくるような答えになっていました。言い方を変えれば、そのような答えしか出てこない設問でした。さらに言えば、答えを聞けば、関連質問が山のように出てくる質問だったということです。著者は、新たな質問を考え自ら答える中で、専攻を変える決心をしたのでしょう。

著者はこの質問について考えさせられて以来、日本美術について様々な質問が浮かんできたと言います。印象的な問いに以下のようなものがありました。
<「日本人にとってはお寺で拝むものであるはずの仏像が、なぜ美術館で飾られるのか。」>(104頁)
宗教と美術の問題として、普遍的な問題ですが、ここまで端的な問題として扱われると、答えなければいけないような気がしてきます。とはいえ、難問です。

『赤と青のガウン オックスフォード留学記』。良い本でした。

*彬子女王 著 『赤と青のガウン オックスフォード留学記』
 あきこじょおう  あかとあおのがうん おっくすふぉーどりゅうがくき
 PHP文庫 株式会社PHP研究所 2024/4/15