本書は、全五話から成る。主人公は、神宮寺藩(じんぐうじ はん)七万石の江戸藩邸の差配役、要は何でも屋、の里村五郎兵衛(さとむら ごろべい)である。

里村の家は、古風だが、堅苦しいと感じられるほどではない。妻は既に亡く、当主と長女七緒(ななお)、次女澪(みお)の三人の生活である。そこに亡妻の妹の咲乃 (さくの)がときおりたずねてくる。そんな女たちは、常日頃から、五郎兵衛の気配に敏感である。藩邸内の揉め事は、差配役の下にひっきりなしに持ち込まれる。女たちの、心配の種は尽きない。

それぞれの話には、若君、御用商人、藩邸の女中等の小者、お方さま等の、時代劇ではありふれた人物が登場する。とはいえ、なかなか意外な展開が待っていて、ちょっとしたミステリーとしても楽しめる。最終話「秋江賦(しゅうこうふ)」では、それまでの話がまとめられて藩政を揺るがす話となる。

最後まで読み終わって、最初から、パラパラと頁を繰ってみる。

第一話の「拐(かどわか)し」冒頭近くに、長女についての記述がある。
< 振りかえると、娘の七緒が不安げにこちらを見上げている。
    … 略 …  
 「お休みですのに、ご苦労様でございます」
  案じるようにいって、そっと頭を下げる。そのしぐさが亡き妻によく似ていた。そう思って見ると、小柄な軀つきと、どこか寂しげな顔だちも母ゆずりかもしれぬ。>(9頁)
ありふれた記述である。だが、結末を知っている者の目から見れば、これとその後の記述が何を示唆しているかは明らかである。

第一話には、世子の亀千代ぎみ、江戸家老の大久保重右衛門 (おおくぼ じゅうえもん)やその側近の波岡喜四郎 (なみおか きしろう)等の藩政における重要人物も登場する。だが、大きな筋を既に知っているので、事件の流れは気にしない。気がつくと、里村の家族の些事の描写を探している。家族の些事は、当事者以外にとってこそ些事であるが、その家族にとっては小さくない意味を持つ、ということも多い。そのつど、家族のそれぞれが、何を思うか、が気になるのである。その積み重ねが、一つの家族の姿を浮かび上がらせる。

この物語に続きがあるという話は聞かない。
だが、この家族の物語の続きが読みたい。 神宮寺藩の一家族の歴史が読みたい。例えば、娘に婿を迎えれば、人的関係も、社会的な関係も広がる。他にもやり方はいろいろあるだろう。
この家族の新作を読みたい!!

*砂原 浩太朗 著『藩邸差配役日日控 』
 すなはら こうたろう はんていさはいやくにちにちひかえ
 講談社文庫 2026/3/10