「本を読めなくなった」生身の人間の口から零(こぼ)れでる、かざらない言葉には、<おもしろみ>が溢れている。

著者は、以下を目的とする、多岐にわたるルポを書いた。
 <現代人はテキストメディアにどう触れ、そこから何を得ているのか。
  本を読まない人は、なぜ読まないのか。
  本はどこに届いているのか、あるいは届いていないのか。
  文章や紙の本の存在意義とは何なのか。
  そして、本を読まない人は世界をどう見ているのか。 >(18~19頁)

本書は、「プロローグ」、第1章~ 第4章 、終章、「あとがき」で、構成されている。「あとがき」を除いた各項目には、見開き2頁とはいかなかったようだが、驚いてしまうほどの数の「小見出」が並ぶ。
「小見出」に目を通すだけでも、本について様々のことが思い浮かぶ。

子供の頃、本を読んでいて、家族の大人にいい顔をされた覚えはほとんどない。本を読むことなど余分なこと、本を読む暇があるのなら…、という雰囲気だった。

目の前の人間が、本を読む人か、読まない人かは、なぜか雰囲気でわかった。ただ、高校に入学するまで、周りにいる読む人の数は、わずかなものだった。

本書のあとがきにこう述べられている。
< 本書の目的のひとつは、本を読む人と読まない人の決定的な分断を明らかにする

 ことだった。         
  … 略 … 
  ただ、この分断は知的優劣が可視化されたものではない。読書以外によって養わ

 れる別の知性も確実にあるからだ。 … 略 …  >(286頁)
「分断」と言われると、おおげさな、と感じる。だが思いかえしてみれば、本を読ま

ない人と感じられれば、確かに、相手との間に一つの線が引かれる。これまでも、今も。少なくとも、指摘されれば意識する程度には、分断、は有る。

ヤフコメの記述に、明らかに本文と矛盾する記述を見つけることがある。だが、コメント欄でそれを指摘する人はあまりいない。ときには、矛盾した記述を前提として、以後のコメントが続いていく。
ヤフコメを読んでいると、本文はどうでもよく、何事かを言いたい、という人が書いていると思うことも多い。
以前はそんなことが気になった。最近は、そんなことにも慣れた。

最近この地方を代表する書店のチェーン店2店が相次いで閉店した。久しぶりに覗いてみた中核店には、前回よりも客が少ないように感じた。十年と言わずとも、三年前と比較しても、少なくとも、客となる若い人は確実に減っている。

< ある種の「正解」に到達できたことで浸る愉悦のことを<わかりみ>と呼ぶ。

                                  >(123頁)
<<おもしろみ>には<わかりみ>のような単一の正解はない。親切な導きもない。手軽な理解や共感や同意など一切寄せ付けない。むしろ何が面白いと感じたのかについての思索と言語化を読者側に促す。>(124頁)
著者は、「現代人のテキストメディアとの振れ合いかた」を図示した。<わかりみ>と<おもしろみ>を水平軸、<本を読む>と<本を読まない>を垂直軸として、人々のインターネットやテキストメディアに対する態度を配置してある。たいへん<おもしろみ>のある視点だ。

< 令和に入り、日本は文章を読まない不読社会ならぬ、文章を読むことが合理的でないとされる「非読社会」とでも呼ぶべき様相を呈し始めた。>(18頁)
文章を読むことが合理的でないとされる「非読社会」、という捉え方は、かなり刺激的に響いた。
本を読まない人は、なぜ読まないのか、という問いに対して、著者は、あるツイートを素材にして、内容の受容が容易だと感じる表現形式の順序は以下のようなものだと推定している。
    YouTube、動画>アニメ>漫画>文章
多くの人は、できるだけ文章を読みたくないのだ。

インターネット上のニュースや記事について、若い人々(高校生から大学生くらいの人)に聞いてみた。
「記事を書く記者やライターの取材費や彼らへの原稿料というコストがかかっているにもかかわらず、そのほとんどを無料で読めるのはどうしてだと思う?」
<「広告収入」と即答できたのは全体の半分強だ。>(32頁)
NHKを除く地上波テレビが無料なのはなぜか? 
という問いならば、即答できる若い人々の比率はどのくらいだろうか? 一見単純な問いのようだが、先の問いと比較して考えると、様々な意味で、<おもしろみ>のある問いとなる。必ずしも同意することばかりではないが、本書には、思わぬ疑問を誘発する記述が随所にある。得難い本だと思う。

 

*稲田 豊史 著『本を読めなくなった人たち

       コスパとテキストメディアをめぐる現在形』
 いなだ とよし  ほんをよめなくなったひとたち

       こすぱとてきすとめでぃあをめぐるげんざいけい
 中公新書ラクレ 861 中央公論新社 2026/2/10