民俗学を背景とした、本格ミステリーの連作短編集です。本格ものは随分ひさしぶりです。

ホームズ役は、東敬大学の女性助教授(!)にして、中性的な美貌の持ち主である 蓮丈那智(れんじょう なち)。あらゆる面で型破りな、異端の民俗学者と評されることもあるスーパーウーマンです。ワトソン役を務めるのは、蓮丈の助手の内藤三國(ないとう みくに)。蓮杖と比較した己の姿に、忸怩たる思いを持っています。

内容は、謎を解く、という意味で、まさに本格ミステリーです。
例えば、冒頭の一編『鬼封会(きふうえ)』には大まかに言えば次のような謎があります。
田舎の旧家に伝わる宗教行事の、一般的な例と比べた時の異様さに潜む謎。フィールドワークに赴いた地での、殺人事件にまつわる謎。そして、民俗学的な事象の、過去現在を貫く謎。

『鬼封会』では、着実に文章を読み進めていけば、ジグソーパズルのピースが次々に嵌っていくように、謎は解明されていきます。そして、論理的に全体像がつかめた時は、やはり気分がいいものです。同時に、「ピースが次々に嵌っていく」感覚の心地よさも、甲乙つけがたいものです。いずれも本格ミステリーの醍醐味でしょう。

残り4編は、『凶笑面(きょうしょうめん)』、『不帰屋(かえらずのや)』、『双死神(そうししん)』、『邪宗仏(じゃしゅうぶつ)』です。読めばすぐわかるように、この中で、『双死神』だけは少し毛色が違います。

では、残り3篇は『鬼封会』と同じ書き方、同等の完成度か、と訊かれたとしましょう。たぶん、と答えます。どれも楽しく読みましたが、正確なところはわかりません。なぜか? 同じ読み方をしていないからです。

AからB、JからK、QからRの、一つ一つの関係がどんなものかわかっても、直接的に記されていないBとK、AとQ等の関係に意識的に目を配っていたとはいえないからです。
それを考えることが、愉しむことが本格ミステリーだと言われれば、その通りです、と答えるしかありません。しかし、たぶん現実は、蓮丈の美貌を想像したり、民俗学の蘊蓄を愉しんだり、痛烈な言葉に留飲を下げていたりしていて、目配りがおろそかになっているのでしょう。とはいえ、それを自覚しても、あまり気にしていません。何と言っても、目の前の雰囲気を味わいたいと思ってしまうからです。

簡単に言って、夢中になって読んでいると、細かなことは(その時には)忘れてしまいます。
本格ミステリーは、確かに、その論理性が何よりも重要とされています。けれども、その論理性に意味を持たせるもの、論理が行き着くところで読者を喜ばせるものは、エッ、という驚きなのではないでしょうか。正直、驚きまで達した時、理屈は眼中にありませんでした。

本格もので論理をおろそかにするとは、と言われるかもしれませんが、本の読み方というのも、いろいろあっていいのではないでしょうか。

*北森 鴻 著 『凶笑面 蓮丈那智フィールドファイルⅠ』
 きたもりこう きょうしょうめん  れんじょうなちふぃーるどふぁいるいち
 新潮文庫 株式会社新潮社 平成15/2/1