<「詩織は小松と警察に殺されたんです」>(53頁)
詩織とは、猪野詩織、ストーカー事件の被害者であり、殺された女性です。詩織さんの友人の青年の、この言葉によって、著者は事件に巻き込まれていきます。
刺殺事件が起こるまでの大まかな経緯は以下のようなものです。
詩織さんは出会った直後を除き、ストーカーである小松和人の理不尽な振る舞いにより、虐げられ、脅迫されてきました。小松の暴力や脅迫は、詩織本人だけでなく、家族、友人にまで及んでいました。
詩織さんが別れ話を切り出した後には、自宅周辺への多量のビラ貼り、援助交際を望んでいるかのようなカードの配布やインターネットの掲示板への同趣旨の書き込み等、誹謗中傷がよりひどくなっています。
詩織さんと家族は、埼玉県警上尾署に、小松の振る舞いをたびたび相談しましたが、具体的な対応をしてくれませんでした。
たまりかねた詩織さんは、埼玉県警上尾署に刑事告訴をします。
告訴の約二ヶ月後、自宅に刑事が来訪し、詩織さんは告訴取り下げを依頼されますが、拒否します。
告訴取り下げ依頼の約一ヶ月後、詩織さんが実行犯の男により刺殺されました。別れ話を切り出してから、約四ヶ月後の出来事でした。
刺殺事件が起こったのち、本書の著者であり、写真週刊誌FOCUSの記者である清水潔が取材を始めます。
清水は、ほとんど独力でストーカーチームを発見します。
< 私はこの事件の構図がわかった気がした。なぜ刺殺事件発生から二ヶ月近くも警
察が小松の居場所を把握できないのか。なぜ本来彼らが一番プライドを持っている
はずの殺人事件の捜査でさえ、この間抜けな週刊誌記者の取材に先行されているの
か。なぜ取材先という取材先で捜査員の影すら見当たらなかったのか。
このままではこの事件は解決しない。
小松を筆頭とするストーカーチームを逮捕したら、警察が何と言われるか目に見
えている。
「結局犯人はストーカー達だった。ならばどうして被害者が相談に来た時にちゃん
と対応しなかったのか。警察は何をしていたのか。きちんとやっておけば猪野さん
は死なずに済んだ。」
そんな結果が待っていると分かっていて、県警が本気で事件を解決する気になど
なるだろうか。むしろ警察は、詩織さんの「遺言」通りの構図などでは事件を決し
て解決させたくないのではないか。>(189-190頁)
警察は、自明とすら思える犯人を、犯人と特定しようとしませんでした。
警察は、埼玉県警上尾署は、被害者に、刑事告訴を取り下げさせようとしていました。ところが、後日分かったことですが、上尾署は刑事告訴の取り下げどころか、刑事告訴を被害届へと改竄していたのです。
また、上尾署は、記者クラブをフルに使って、被害者に対する偏った情報を流し、被害者を貶める見方を助長することさえ画策しました。詩織さんの刺殺直後、捜査員は、「あれは風俗嬢のB級事件だからね」、と新聞記者たちに言っていたそうです。そして、おおむねそのように報道されたのです。
結局、小松和人は、北海道の屈斜路湖で発見されました。水死でした。指名手配すらされないまま死にました。
警察、というものの、巨大さがよくわかります。
県警幹部は、トカゲの尻尾切りで、何事も通ると思っているとしか思えません。
「記者クラブ」を使って、情報をコントロールする姿が、露わです。大本営発表を実感します。
残念なことに、この日本国で開かれる会見が、警察の「記者クラブ」の会見と同工異曲のものであることはほとんどの人が知っていることです。
現代の日本で、重要な会見が行われている場所は、日本外国特派員協会の会見です。最近では、ジャニーズ問題で、性被害の内容を証言したのも同会見でした。
日本の行く末を左右するほど重要な会見の場所は、今現在、「日本外国特派員協会」以外思いつきません。他ではできない。情けないの一言です。しかし、事実です。腹が立ちます。
* 清水 潔 著 『桶川ストーカー殺人事件 — 遺言 — 』
しみず きよし おけがわすとーかーさつじんじけん ゆいごん
新潮文庫 株式会社 新潮社 平成16/6/1