太田道灌が死に、新九郎は京の政情に巻き込まれながらも、龍王丸とともに何とか駿河に下ることができました。とはいえ、駿河での情勢も一筋縄ではいかないものでした。

この巻で印象に残るのは、新九郎に接する人々の姿です。

新九郎の甥の龍王丸は、近く駿河に下り、今川家の当主にならねばなりません 。しかし当主としての自信を持てていない龍王丸が、叔父新九郎に、守袋に入るような小さな仏が欲しいと言い出します。
< 龍王丸(さ、才四郎が言ってた。
      {殿が彫られたこの観音様!  これが霊験もあらたかに我が命を救っ

       たのでござる‼})

           ※家来の才四郎は、当たった矢が懐の仏に当たり助かった※
    (お、叔父上に彫ってほしい。)
 新九郎(下手くそだぞ。 それでもいいのか? )
 龍王丸(お、叔父上の仏を持っていれば……  こ……怖くても怖くない!)
 新九郎( [新九郎 の顔] 龍王… )
 龍王丸(す、駿河など怖くない!  か、帰って 家来たちが喜ぶ顔を見るのじ

     ゃ‼)>(51-52頁)
「霊験もあらたか」というのは、ありふれた言い方ですが、気持ちがよくわかる言葉です。才四郎の思いが、龍王丸に伝わっています。そして、龍王丸を鼓舞しているのです。

新九郎は、温泉の湯場で襲われました。襲った女は、銭一貫文で襲撃を引き受けたのだそうです。新九郎の前で、家来の彦次郎や権兵衛(ごんべえ)が女を問いただしています。
権兵衛は新九郎も、同じく銭の苦労をしていると、女に話して聞かせます。
<彦次郎(一貫文どころじゃない。  百文やりくりするために 家中の食費を削ったこともある。)
 女  (はあぁあ…)
    (おかしな話だね。 そんな甲斐性のない男になんでつき従ってんの

     さ? )
 権兵衛(なんでかな 彦さん? )
 彦次郎(我が殿は運が良い。 俺にはそれで十分だ。)
 権兵衛((金運はなさそうだが) たしかにな。)
      … 略 …
 権兵衛(いやいやいや、こいつはすごいな。)
    (殿の運の良さはお主の命まで救ってしまったぞ。 どうだね、お嬢さん

     ——)
    (殿の運気に触れたところで生き直しを考えてみちゃ。)>(131-133頁)
「我が殿は運が良い。 俺にはそれで十分だ。」は、「霊験もあらたか」にどこか通じる言葉です。いずれにせよ、損得勘定の言葉ではありません。

時代が動きます。新九郎は、その中を生きています。
何か大きな出来事が起こるとき、我々は、その出来事が起こる原因を知りたいと思い、作中で、それなりの説明がなされることもあります。確かに、その為された説明で納得できることもあります。しかし、何故、何故と問い詰めていくと、理屈ではない、という部分に行き着くように思います。
上に挙げた二つの例は、とても理屈の通るものではありませんが、新九郎に惹かれていく人々の姿をとらえています。ここまで極端でなくとも、新九郎と接しているうちに、行動をともにするようになった人たちの心の動きは、これに近いのでしょう。
そして、新九郎の、のるかそるかの一事、に集う人々が、徐々に、徐々に増えていくのです。

********************************
15巻が出ているのに、数日前まで気づきませんでした。16巻が本当に楽しみです。

*ゆうき まさみ 著『新九郎、奔る!(15)』
 ゆうきまさみ   しんくろう、はしる!
 BIG SPIRITS COMICS SPECIAL 株式会社 小学館  2024/1/17