マンガ家の先生とアシスタントのカオリ、島崎の三人で仕事をしています。漫画家は、仕事の上の行き詰りを打破するためにも、かねてから、島崎という人間について知りたいと思っていました。
<先生 (今の俺にとって本当に興味のある人物は……)
(島崎さんの子供時代—— 楽しかったことって何かある?)
島崎 (ええっと……)
(ボクのお母さんが 料理上手な人で 食事が何より楽しみでしたね)
先生 (ほう!) >(4-18頁)
カオリは、島崎に次々と質問します。<(他には何が好きだったの?)>(6頁)、<(ねぇ どんなことして過ごしてたの?)>(7頁)。
島崎は、先生の質問に答えたのと同じ調子で、彼の幸福な時間を思い出しながら穏やかに語ります。
カオリは島崎の言葉を聞いて、思わず口にします。
<(そっか 島崎さんに感じる育ちの良さって そういうトコからきてるんだねェ)>(8頁)
そして、決定的な問いが放たれます。
<先生 (もっといろいろ聞かせて!)
カオリ(ふふふ ——質問を変えるね…)
( [先生の顔] )
( [カオリの目] )
カオリ(島崎さん…… 誰か… 復讐したいような人って いる? [大きな島崎
の顔のアップ メガネの中に目が描かれていない] )
// 戦時下での、児童期の島崎の過酷な記憶 10-14頁 //
( [巨大な島崎の左斜めの顔の 僅かに上からのアップ] )
( [大きな、正面からのカオリの顔の、左に置かれたアップ] )
… 略 …
先生 (どう思う?)
カオリ(う~ん)
先生 (島崎さん…… 幼少期のどっかで ものすごく大きな 環境の変化があ
ったのかも)
(虐待されたとか 両親と別れたとか……)
(本人は そこに蓋をしてる様子だな)
カオリ(島崎さんが話したくなった時に じっくり話を聞いてあげることくらいし
かできないかもしれないけど 島崎さんの抱えてる何かに対して 友
人としてできることを考えていきましょう…) >(9-18頁)
人と人の間に、言葉は飛び交います。
子供時代には、何が楽しかった? 何が好きだった? どんなことしてた?
好奇心に駆られています。そこまでは、彼らの日常の、常識の範囲の答えが返ります。
そして、「(誰か… 復讐したいような人って いる? )」
復讐という言葉が、マンガのセリフのようなものとして発せられた問いであったように思えます。「(虐待されたとか 両親と別れたとか……)」というレベルの想定の下、「(じっくり話を聞いてあげることくらいしかできないかもしれない)」というところに行き着くわけですから。
島崎は何を感じたのでしょう。
先生とカオリは、現時点で、最大限島崎の側に立っていると考えられる人たちです。しかし、その彼らの思いも及ばぬことを、島崎は想起していました。体験した者以外知りようもない、血塗られた戦時下の記憶。
島崎と二人の間には、圧倒的な断絶がある、と感じます。しかし、島崎にとって、この程度のことは日常であるようにもみえます。少なくとも、先生の仕事場から出て、歩み去る島崎の背中には、落ち込んだ様子は見られませんでした。
それにしても、何という日常でしょう。
過酷な日常を生きる島崎の前に、LELの戦闘訓練を受けているSATA(サタ)という一人の少年が現れます。
SATA を取り返そうとして、島崎はオガタとともに闘っています。
<島崎 (…たとえばSATA さんは……)
(子供のころのボクに すごく似ています 彼を戦場から遠ざけられたな
ら…)
(ボクの中の何かが…大きく変わるようなよかんがして…)
オガタ(…前に寮長が言ってたわね「あたしたちは罪深いが——」)
(「誰かと共にある事で 幸せになる事はできるかも知れない」 その予感
か… ) >(150-151頁)
自分が、もう一人の自分を見つめます。島崎がもう一人の島崎を見つめるのです。そして、自らの姿を、相手に見せようとすることになります。
*原作 濱田轟天 漫画 瀬下猛 『平和の国の島崎へ ⑤』
はまだ ごうてん せしも たけし へいわのくにのしまざきへ
モーニングKC 講談社 2024/3/22