これまで松嶋智左の本を五冊読みました。どれも、よくできた警察小説でした。これが六冊目です。

この本は六篇からなる短篇集です。舞台の大部分は、郊外の小規模な御津雲(みつくも)署ですが、一つだけは警察学校です。主要登場人物は、ほとんどが警官です。

  タイトル    舞台
1 障(さわ)り    交通課交通総務係
2 罅(ひび)    交通課交通指導係
3 拝命        警察学校
4 南天        交通課交通事故捜査係
5 穴        女性警察官特別機動隊、生活安全課防犯係
5 署長官舎    総務課総務係

当然警察小説のつもりで読み始めました。一篇、二篇、三篇と読み進めていくと、これまでと勝手が違うのがはっきりわかります。最初の短篇で、すぐちがいがわかるのですが、ときには少々毛色の変わったものもあるさ、というノリで読み進めてしまったのでした。

内容からすれば、すべて警察小説だと言えないことはないのですが、あきらかにちがうと感じます。
警察小説とは、簡単に言えば、警察官が犯罪を解決する、というものでしょう。
ところが、ここにある作品は、それだけというのには無理があります。犯罪そのものも描かれていますが、犯罪や事故と私たちの生活が繋がっている部分に作品の比重が置かれています。実際、これらの小説の舞台は、交通課のように、事件というより事故の予防的な側面が強い部署に多く設定されています。

描かれているのは、日常生活としての警察業務と、そこに時として走る亀裂です。
思えば、警察小説というものには、日常生活が描かれていなかったことに改めて思い至ります。
計算高い悪意、どうしようもない弱さ等々、これまでは描かれていなかったことが、突如、といった形で出現します。

予想していなかったものの出現というのは、恐怖をおぼえます。シリアルキラーが何人も無残な殺し方をしても、ほとんど気にしませんが、思いがけない人の、思いがけない小さな悪意には、ゾッとします。

いったいこの決断をどう解釈したものか、という場面もいくつかありましたが、悪意もあれば、善意もあります。多くの人の行いに安堵し、時として、どんでん返しを愉しむという読書体験は、これまでの五冊とのちがいはあるにせよ、満足できるものでした。

*松嶋 智左 著 『巡査たちに敬礼を』
 まつしま ちさ じゅんさたちにけいれいを
 新潮文庫 令和 6/3/1