『白樫の木の下で』は、改名した青山文平としての最初の作品です。

とにかく、おもしろい作品です。あっという間に読めると思います。
まずは江戸時代、松平定信の時代に、剣術に賭けた三人の青年たちの青春小説です。そして、残虐な、大膾(おおなます)の辻斬り事件の犯人を追うミステリーです。更には、まことにぎこちない恋愛小説でもあります。

登場人物にはそれぞれの強い個性があり、一人一人にひきつけるものがあります。

村上登(むらかみ のぼる)は、知る人ぞ知る佐和山道場の高弟 ですが、<二代続く無役の小普請組で、己が武士であることを確かめる機会もないまま日々をやり過ごしてきた>のです。ある事件を境に、登は竹光を差すようになりました。自分が武士とは思えず、己が何者なのか……、という迷いによって、武士であれば橋銭を払わず渡れる橋を、体の変調で渡れなくなった時期もありました。

登の幼馴染が青木昇平(あおき しょうへい)と仁志兵輔(にし へいすけ)です。三人は、ともに佐和山道場の高弟です。三人は小普請組で無役でしたが、青木昇平は、街中で不逞の浪人を斬って子供を助けた功により、下役に就くことができました。仁志兵輔は、自分でもできたことだ、と何度も口にし、口惜しがっていました。

巳乃介(みのすけ)は蠟燭屋の次男坊ですが、剣術道場の錬尚館に通い詰め、多くの人が認める剣術の遣い手になりました。そして、親の願いによって、巳乃介は、商人の身分から武士へと身分が変わるのです。
巳乃介は刀剣に対する強いこだわりを持っています。それは尋常なものではありません。
<…略… あの眼の光を見れば、気に入りの刀が人を斬る様をわが目で見届けたいと

 いう欲を抑えきれなくなっていることは明らかだった。
  刀好きが昂(こう)じて、刀架に置いて愛でるだけでは我慢がならず、自分という

 人の拵(こしら)えを求めた巳乃介。
  が、いまでは、それでさえも飽き足らなくなっている。>

                      (186頁 自分という人とは登のこと)

錬尚館館主寺島隆光(てらしま たかみつ)は、碁会所ならぬ棒会所と噂される道場を大きくしました。他流の登たち三人に道場破りの助太刀を頼む人物です。しかし、佐和山道場の主ではあっても、今も武者修行の旅に出ている武芸者佐和山正則(さわやま まさのり)を深く尊敬している人物でもあります。そして、自流のために、登にある願いをすることになります。懐の深い人物です。

他にも、登と青木昇平が思いを寄せる、仁志兵輔の妹佳絵(かえ)、 登の姉であり、出戻った朋世(ともよ)、徒目付の前原佐内(まえはら さない)等、興味深い人物が並んでいます。

先に、青春小説、ミステリー、恋愛小説と並べました。どれでもあるのですが、読み終わった時、多くの謎が残りました。残った謎に、ああでもない、こうでもないという想像をすることの楽しみも含めて、おもしろい小説でした。

*青山 文平 著『白樫の木の下で』
 あおやま ぶんぺい しらかしのきのしたで
 文春文庫 2023/4/15