驚いたことに、『半席』の続篇だと言います。
片岡直人(かたおか なおと)は、徒歩目付(かちめつけ)です。しかし、直人は、御目見(おめみえ)以上の御役である勘定に辿りつき、旗本になることが望みでした。
前作では、最後に 、片岡にとって、徒歩目付という御役目と「なぜ」を解き明かす御用が、自分にとっての励み場であると得心して終わりました。

この作品では、確かに「なぜ」を解き明かす部分がそれなりの大きさで扱われています。とはいえ、それだけではありません。
片岡の問題とした事件は二つです。ひとつは、重病の元勘定組頭が、三年半前に離縁した妻に懐剣により殺されたというものです。もうひとつは、毎日大川を泳いで往復することを続けているうちに、武士に切り殺された男についてのものです。

いずれも、「なぜ」と考えさせるものがありますが、調べてみても、決定的な結論にはいたりません。関係者に、「それだけで」、と言われるような理由で、調べを続けることにもなりました。

調べていく過程で見えてくるのは、関係者に身分の変わったものがいることです。士農工商という身分だけでなく、女、という身分も付け加えられているようです。

農から士、農から商といった大きな変化以外にも、士のなかの御家人から旗本などという大きな身分内の変化もあります。それらの身分の変化が、自明ともいえる社会的な大きな変化だけでなく、小さなことで、取るに足らぬことに見えたとしても、決定的な重みをもつこともあるということを著者は見逃していません。

「なぜ」には、様々な形で身分の変化が絡んでいますが、片岡の進退にも、身分の変化が思わぬ形で絡んできます。著者は、公儀の二本柱は目付筋と勘定所であると言います。なので実力主義たらざるを得ません。それが片岡の身分の変化につながるのです。
冒頭に語られる数十頁にも及ぶ海防問題には、読み進めながら、大いに首をひねりましたが、廻りまわって……。

前作は、確かにミステリーの作品でもありましたが、何より若者の成長小説でした。片岡は、自分が何をしたいかを知ったのでした。本作では、片岡は、確かに複雑に絡まった「なぜ」を、苦さを噛みしめつつ解くことになりましたが、自分がこの社会でどんな位置にいるのかを自覚することにもなったのです。

 

*青山 文平 著『泳ぐ者』
 あおやま ぶんぺい  
 新潮文庫 令和5/10/1