書名を見て、聖書に因んだ句だろうと思いました。たぶん、羊からの連想です。

本書は平凡社ライブラリーの中の一冊です。文庫本より全体に一回り大きく、扱いづらい面もありますが、本書に関しては、特別という感じがして、気に入っています。
装丁も、《本の虫》という絵画の一部だそうですが、合っていると思います。小さな本ですが、「書物」という気がしてきます。



本書には、30頁弱の一篇の例外を除けば、4ページから10ページ強の短篇が30近く収録されています。

最初の一篇「枯葉」は、古い和本にはさまれた枯葉の話でした。ある時から、著者はその枯葉が気になるようになり…

「ページのめくり方 東西」は、著者の観察力、推理力に頭が下がります。本の成り立ちに関する、このような問題意識は、他で聞いた覚えがありません。

「筆名と異名」は、作家についての知識量に驚嘆します。殊に、山本周五郎、フェルナンド・ペソア、立原正秋。

「蔵書印」は、 蔵書印を通して、蔵書家の人となりが、鮮やかに描かれています。
<伴信友の印は、中央に朱文で「若狭酒井家々人伴氏蔵本」とあり、その左右に白文で「コノフミヲカリテヨムヒトアラムニハ / ヨミハテゝトクカヘシタマエヤ」とある。本草学で知られた阿部櫟斎の印は「またがしハいや 阿べ喜任」とあって、ほほえましい。>(89頁)

聖書に関係した話は、いつまでたっても出てきませんでした。が、「あとがき」に至って、聖書は、凡そ見当はずれのものであったことがわかりました。この書名は、『荘子』駢拇篇の「読書亡羊」の故事によるものだそうです 。
<羊を牧していた男が読書に夢中になるあまり、肝心の羊がどこかへ行ってしまったことにも気づかなかったという、身につまされる話>とのことでした。

この文章の一つ一つが、本を読む喜びを、多彩な形であらわしてくれています。著わされた文章は見事なものですが、読んでいると、著者にとって読書こそが目的であって、文章はその余禄のようなものと思えてきます。

*鶴ヶ谷 真一 著 『増補 書を読んで羊を失う』
 つるがや しんいち ぞうほ しょをよんでひつじをうしなう
 平凡社ライブラリー 2008/7/10