1954年、パリ。
とある広場で、若い女の死体が見つかりました。二十歳そこそこの、美しい娘でした。着古したライトブルーのイブニングドレスを着ていました。
この娘を殺したのは誰か?
『メグレと若い女の死』は、シンプルに、この問いに答えるものです。
捜査するのは、メグレたちのチームと《不愛想な刑事》とあだ名されるロニョン。メグレには不本意なことですが、事実上2組が別々に捜査する形になりました。
地道な、聞き込みをはじめとする捜査によって、被害者の人生が、生前のイメージが徐々に明らかになってきます。
< 感光版を現像液に浸すかのように、ルイーズ・ラボワーヌの姿がすこしずつ浮か
びあがってきた。二日前はまだ、彼らにとって存在しないも同じ女だった。やが
て、青いシルエットがあらわれた。ヴァンティミュ広場の濡れた舗石に横たわる
顔、法医学研究所の大理石に寝かされた白い裸体が。そして今、彼女は名前を持っ
た。ひとつの像が形をなし始める。まだおおまかな像ではあるけれど。>(97-98
頁 彼ら:メグレと部下)
< メグレは機嫌が悪そうだと、人は思うかもしれない。けれども彼を知るものな
ら、そうではないとわかるだろう。ただメグレは、いっぺんにいろいろな場所に身
を置いてみているだけなのだ。夫に先立たれた老婦人が暮らす、クリシー通りのア
パルトマン。ドゥエ通りの洋品店。トリニテ公園のベンチ。そして今は、少女が店
先に立つニースの魚屋を脳裏に思い描いている。
そうしたイメージが混ざり合い、さらに渾然としたなかから、やがてなにかがあ
らわれでてくる。それはどうしても拭い去れない、ひとつのイメージだった。電灯
のまぶしい光に照らされた裸体。傍らには白衣を着て、ゴム手袋をはめたポール医
師の姿もある。>(121-122頁)
メグレは、娘がこれまで身を置いたとわかった場所を、少女の時に過去に過ごした場所を、死の後横たわった場所を、リアルに想像しています。
メグレは、心理分析と感情移入を自らの有力な武器ととらえています。そのやり方を、犯人、被害者に適用するだけでなく、今回の場合には、《不愛想な刑事》の、隠れた、孤独に生きている人生を描き出すのに使っています。
本書は、被害者である娘に対する、メグレの感情移入によって生まれた鋭い洞察によって、解決に導かれます。しかし、その洞察は、娘の、これまでの幸薄かった人生に対する深い共感の結果得られたものです。そう考えると、心中複雑なものがあります。
最近のミステリーのような複雑さはなく、文字通り直球でしたが、よくできた作品でした。思い返してみると、戦後のフランス社会というもの、貧しさというものについても考えさせられる点がありました。思った以上に愉しめました。
蛇足ですが、メグレの奥さんが絶品です。言葉のやりとりに、まさに時代を感じます。
*ジョルジュ・シムノン 著 平岡 敦 訳『メグレと若い女の死』
じょるじゅ・しむのん ひらおか あつし めぐれとわかいおんなのし
ハヤカワ・ミステリ文庫 2023/2/25